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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第37回

災害時における、衛星画像とSNS画像を活用した
「24時間365日働く」災害監視システム開発実証
株式会社Spectee 岩井 清彦、原 裕介
一般財団法人リモート・センシング技術センター 向井田 明

SNS情報を活用して災害、事故・事件などの危機情報を解析・配信している株式会社Spectee(以下、スペクティ)は、長年衛星データに携わっている一般財団法人リモート・センシング技術センター(以下、RESTEC)と共同で浸水の被害状況を把握する技術の実証実験を、内閣府が実施する「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」を活用して行った。実証実験が進むにつれ、SNS情報・衛星データそれぞれだけでは不足している個所が補完しあうことがわかり、製品化に向けて大きな手掛かりを得たという。今回、研究開発に携わったスペクティの岩井氏、原氏、RESTECの向井田氏に話を伺った。

地球上の“危機”を可視化する
2011年創業のスペクティは、現在社員約100人を抱える防災テックカンパニーである。「“危機”を可視化する」ということを会社のミッションに、SNSをはじめとした様々な情報をAIでリアルタイムに解析し、国内外の災害、事故・事件といった危機情報を配信する「Spectee Pro」というサービスを展開している。

「Spectee Pro」には、正確な危機情報を即座にユーザへ通知するために多様な技術が用いられている。膨大なSNS情報や気象データ・河川カメラ・道路カメラの情報を集め、独自の文章・画像認識技術を用いて解析している。SNS上にはデマやフェイクがつきものだが、一次チェックとしてAI解析、二次チェックとして人の目による確認も行っており、情報の真実性の向上を行っている。また、危機情報をリアルタイムで配信しているだけではなく、収集した情報はAI解析によって様々な分類に分けられている。そのため、ユーザは対象エリアや、気象なのか火災なのかといった危機事象、どのような情報源から発信された情報なのか、といった様々な選択肢から危機情報を絞り込むことも可能となっている。気象庁や高速道路情報などの公式発表情報はもちろん、TwitterやYouTube、TikTokにいたるまで様々なSNS情報から解析した情報は、「Spectee Pro」上の地図にマッピングされるため、俯瞰したデータ参照ができることも大きな魅力である。10分以内に投稿された危機情報はアイコンが点滅表示されるなど、ユーザインターフェースへのこだわりも随所にちりばめられており、現在、ユーザは、国内だけでも多くの官公庁、地方自治体、幅広い産業の民間企業に裾野を広げており、現在は海外にもその商圏を広げている。
株式会社Spectee 左から、原氏、岩井氏

株式会社Spectee 左から、原氏、岩井氏

“点”と“面”の出会い
SNSは「リアルタイム性が高く、情報密度が高い」という点で力強さを発揮しているものの、その情報はSNSユーザひとりひとりによってもたらされた“点”の情報になってしまうため、広範囲な情報取得という点では弱い部分がある。そのため、スペクティでは危機を“面”で捉えるために、人々の社会生活をはるか真上から捉えている人工衛星のデータを活用することでより良いサービスにできないか、と日頃より検討をしていた。そのような中で、昨今、被害が増している台風や線状降水帯による水害の浸水被害状況を可視化する解析技術の向上を図っていたところ、同じように衛星データを用いて浸水の被害状況を把握しようとしていたRESTECと出会った。同じ目的に向かってSNSと衛星データという別々のアプローチで取り組んでいた2者が出会い、“点”と“面”の「いいとこどり」を目指した実証実験がはじまった。
RESTEC 向井田氏

RESTEC 向井田氏

SNSと衛星データは相思相愛!?
浸水被害を推定する実証実験のイメージ図(スペクティ提供)

浸水被害を推定する実証実験のイメージ図(スペクティ提供)

スペクティが進めていた浸水エリアの推定は、AIを活用したデジタルツイン技術を用いて、SNSに投稿された画像や河川カメラ・道路カメラの画像等の情報から浸水した場所や深さを自動的に割り出し、降水量や地形データ等と組み合わせて統合的に解析し、2D及び3Dの地図上に再現するものだ。しかし、先に述べた通り、リアルタイム性に優れるものの、人がいない山間部や夜間といったSNS投稿の少ない環境においては情報量が減ることから、得られた推定結果と実際の被害範囲に誤差が生じてしまうことがあった。一方で、RESTECが取り組む衛星画像から浸水エリアを把握する技術は、広域性に強みがあるものの、現状の衛星画像取得頻度ではリアルタイム性に欠けるという面がある。そこで、まずはSNSの情報から「ここが氾濫している」という情報をピンポイントで収集し、AIによるシミュレーションを実施、そこに衛星データの解析結果をあわせることで、より精度の高い浸水エリアの推定図を作成できないか検証を進めた。すると、実証が進行するにつれ、SNSと衛星データが想像以上に補完しあえる関係であることが分かった。まず、衛星画像は建物などの遮蔽物があると、その仕組み上うまく観測できないことがある。しかし、そのような場所こそ人がいるためにSNS情報があり補完できた。また、一方で、人工衛星(SAR衛星*1)は、地上の気象条件や昼夜を問わず観測することができるため、人がいない所や、夜中、ツイートをする余裕もないような状態であっても地上の状況を観測できている可能性が高かった。SNSと衛星データそれぞれが自らの強みで相手の弱みを補完しており、まさに相思相愛だったのだ。
浸水推定のイメージ図(スペクティ提供)左図:航空写真上に推定浸水範囲を表示した図 右図:推定浸水範囲を強調した図

浸水推定のイメージ図(スペクティ提供)
左図:航空写真上に推定浸水範囲を表示した図 右図:推定浸水範囲を強調した図

実証実験期間中は、まだまだ人工衛星の数が少なく情報量も少ないこともあり、製品化に向けては課題もあったものの、更なる技術向上に向けてスペクティとRESTECは取り組みを続けている。現在スペクティではSNS情報をもとにした浸水推定機能を「Spectee Pro」上にて提供しているが、人工衛星の活用により正確性の高い災害監視システムの開発が進めば、これまで以上に、全国の自治体をはじめ、被害状況を早期に把握したいインフラ企業や物流企業、損害保険会社など様々な企業の事業活動にも役立つことが期待される。「24時間365日」、人々の生活を支えることを目指してスペクティとRESTECの歩みはこれからも続いていく。

「ちょっとしたこと」からやってみる、触ってみる、躓いたら聞いてみる
宇宙ビジネス、衛星データビジネスは往々にして1年といった短い期間で成果を出していくことはなかなか難しい。例えば、衛星データを農業に役立てようとしても、農作物は1年の中で発芽、芽吹き、開花、結実、落葉と季節に応じて様々な変化(フェノロジー)を遂げるため、短い実証期間では1サイクルを観ることも難しい。スペクティもAI技術に注力をはじめてからこれまで、7~8年の積み上げがようやく実ってきたという。衛星データビジネスに取り組むにあたっては、短期間で成果が出ないからと事業継続を諦めるのではなく、ある程度長期的な目線で取り組むことも肝要だろう。また、これまでの常識にとらわれず、少しチャレンジしてみよう、という意識も必要だ。スペクティ岩井氏は衛星データ活用の道を探るには「ふと思ったこと」、「ちょっとしたこと」からやってみることが重要、と語る。

また、RESTEC向井田氏は、日頃より衛星データを数ある情報の一つとして使うことを意識しているという。長い衛星データ研究の歴史から、衛星データにもできること・できないことがあることも見えてきた。ひとつのサービスを作る際には、衛星データのみでまかなうのではなく、むしろ衛星データは補助的に使うことこそがビジネス検討における重要な観点であると述べる。

昨今のデータ環境の変化はめまぐるしいものがある。かつては、一部の限られた人が高額な衛星データを購入して使用していたが、近年はインターネット上にたくさんのオープンデータがあり、無料で衛星画像を見て、触ることができるようになってきた。衛星データがどのようなものか、何ができるか、それを知るためにお金を払う必要はない。衛星データを使って何かしてみたい、そのように感じられる方は、まずは簡単に手の届く、無料のものを使ってチャレンジをはじめてみるのがよいのではないだろうか。その中で、衛星データはこういうものなのかというイメージを掴み、そこから何かやってみようと思ったら、次のステップに進んでみる。その際、どうすればよいか分からずに困ることがあれば、RESTECのような専門家にもぜひ声をかけて、一緒に新しい事業を作り上げていくことができたらよい、とRESTEC向井田氏は明るく語った。
左から、株式会社Spectee 原氏、岩井氏、RESTEC 向井田氏

左から、株式会社Spectee 原氏、岩井氏、RESTEC 向井田氏

*1 SAR衛星 … 電磁波(マイクロ波)の反射を利用する「合成開口レーダ」(SAR:Synthetic Aperture Radar)を搭載した人工衛星。電磁波を地表に向けて照射し、反射で戻ってきた電磁波を受信・解析することで、地表の状態を把握することができる。その性質上から、夜間や曇り条件下でも観測することができる。


取材協力
株式会社Spectee
 取締役CDO Spectee AI研究所所長  岩井 清彦
 ビジネスディベロップメントユニット  原 裕介
一般財団法人リモート・センシング技術センター
 ソリューション事業第二部 参事 兼 情報基盤技術課 課長  向井田 明

2022年10月12日掲載

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