2018年1月19日、沖縄県にて、スペース・ニューエコノミー創造ネットワーク(以下、S-NET)のセミナーが行われた。さまざまなプレイヤーが集う場であり、それを支援するS-NET。沖縄県はICTによる観光産業や農水産業等の産業全体の振興・発展を目指している。「ITと衛星データ活用による沖縄産業の未来」と題し、沖縄県の情報産業における衛星データ活用の可能性や、新たなICTサービスの創出に向けて、専門家による講演で理解を深め、地元企業を含むパネルディスカッションにて意見交換を行った。
会場の様子
沖縄県市町村自治会館にて行われた。自治会館のホワイエには沖縄県各地の特産品等が並べられ、沖縄県独自の文化を発信している。そこに地球観測センサー「ASTER」で撮影した沖縄県の地図や、登壇者紹介なども展示され、来場者が興味深く閲覧をしていた。会場はほぼ満席となり、開会挨拶時には大きな拍手が送られた。
開会挨拶
開会挨拶として経済産業副大臣 西銘恒三郎氏が登壇。「現在、宇宙産業の大きな転換期を迎えている」と始めた。2017年11月に経済産業省主催で開催した国際シンポジウム、「Connected Industries 国際シンポジウム」について触れ、「IoT、ビッグデータ、AIなどの登場で世界経済が大きく変化する中で、世界各国がしのぎを削る現状を目の当たりにした」と語り、市場の活況とともに危機感を伝えた。
その上で、現在経済産業省が進めている、データプラットフォームについても言及。「宇宙データの利用拡大においては、従来の宇宙関連企業のみならず、データをビジネスとして扱うIT企業の役割やユーザ企業の声が重要だ」とし、「政府が保有している衛星データを原則無償開放し、民間事業者等が衛星データを使いやすくする。オープン&フリーの環境を整えていく。」と語った。
開催地である沖縄のIT産業について宇宙産業との親和性が高いと語り、「IT企業に衛星データに関心を持っていただき既存のビジネスと組み合わせることで多くのサービスを生み出してほしい。セミナーを通じて衛星データを少しでも身近なものとし、今後のビジネスに関心を持っていただきたい」と、来場者に期待を寄せた。
結びとして、「S-NETは宇宙産業への関心を受け止め、ビジネス創出をしていく方針である」と明言し、開会挨拶とした。
宇宙産業政策の新たなビジョン
基調講演では、内閣府宇宙開発戦略推進事務局 参事官 髙倉秀和氏が、「宇宙産業政策の新たなビジョン」について講演を行った。
内閣府が2016年に発表した「宇宙産業ビジョン2030」からデータを示し、日本がどのような方向で宇宙ビジネスを創造するべきかを伝えた。「対応策として、ひとつめは衛星データへのアクセス環境の大幅な改善。ふたつめは、社会モデル実証事業の推進、そして最後に新たなアイデアや事業の奨励・振興が必要だ」とした。
新たなアイデアの振興としては、2017年10月に行われた内閣府主催の宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster2017」を挙げ、その上で宇宙分野における投資実績についても言及。政府として新たな宇宙産業への参入を支援することを印象付けた。
宇宙産業ビジョン2030のポイントを伝えるとともに、来場者への宇宙産業への参加を呼びかけた。
ビッグデータ時代の新たな衛星データ利用
次に、経済産業省製造産業局宇宙産業室の靏田将範氏が「ビッグデータ時代の新たな衛星データ利用」について講演を行った。靍田氏は、前日(2018年1月18日)の小型ロケットイプシロン3号機の打ち上げから講演をはじめた。搭載された地球観測衛星ASNARO-2についても説明し、地球観測衛星データ市場の今後の展開についてつなげた。
「近年、衛星から得られるデータは、質と量ともに向上している。AI等の解析技術が進展している現在、衛星から得られたテータをビッグデータの一部として様々な課題解決につながるソリューションサービスが提供されるなど、宇宙ビジネスの可能性は少しずつ広がっている。」
衛星データの種類と、そのデータで何ができるかを、国内外のサービス事例を引用して説明した上で、「衛星データがいかに優れているかを伝えたいわけではない」と伝えた。
「宇宙データの利活用は、ソリューション提供を生み出すことだ。ソリューションビジネスはIT事業者が得意とするところだと思う。沖縄県のIT事業者の方々にも、ぜひ衛星データに興味を持っていただきたい。」
最後に、2017年6月に閣議決定をした「未来投資戦略2017」から、データプラットフォームの整備にも触れ「衛星データをオープン&フリーにすることで、より使いやすいように整備していく。3年後には民間に運営を委託していく形で進めたい」とし、衛星データをより事業者が使いやすい形を整えていく姿勢を明らかにした。
沖縄県の産業振興における課題と今後の対応
IT戦略センター準備室 室長 谷合誠氏)
IT産業が盛んな沖縄において、さらなるイノベーションを興すための機関である「沖縄ITイノベーションセンター(仮称)」を設立することについて、沖縄県商工労働部 情報産業振興課 IT戦略センター準備室 室長 谷合誠氏が講演した。当センターは、ITを利用したイノベーションを推進することで、経済成長の基盤を形成することを目的とし、課題解決やニーズ対応ための、シンクタンク・事業プロデュース・人材育成支援機能を備えた機関だ
「沖縄の持つ強みを最大限に活かしたセンターにする。アジアへ隣接している地理的強み、人口の若さという強みに加え、行きたいと思わせるブランドが沖縄県にはある。」
同時に弱点も踏まえた上で、段階的進化ではなく弱点を強みに変える「Leap frog」型の成長を目指す。
「センター設立によりIT活用による付加価値を産業界へ浸透させることができる。イノベーション創出において「沖縄モデル」と呼ばれるものの実現を目指す」とし、衛星データ利用をより推進するIT活用によるイノベーション事業創出を支援する機関のビジョンを伝えた。
データで見る沖縄観光の魅力 inbound insightの事例
部長 大橋正治氏)
位置情報解析で特許を持つ株式会社ナイトレイは、ロケーション解析ビッグデータを保有している。近年のインバウンド需要により飛躍的に伸びている沖縄県の観光事業へのソリューションを提供できる旨を、株式会社ナイトレイの大橋正治氏が講演した。
世界中の多様なデータを、発生時間、位置、行動内容として解析することで、既存のサービスの利便性向上などビジネスチャンスが生まれるとしている。統計データ、SNS解析を利用することで、インバウンド市場においては、地域の魅力を再発掘し実行施策改善を行うなどのサービス提供が可能だという。
衛星データがビッグデータのひとつであるということを踏まえた上で、「誰もがわかりやすく使えるようにしなければならない」という。
「ナイトレイでは、現在日常消費系のデータから、観光消費系のデータなどのオープンデータを簡便に使うことができるよう分析ツールを開発している。衛星データもオープンデータのひとつとしてさまざまなデータとの組み合わせが必要だ。そのためのツールとして、現在のオープンデータをより利用しやすい形で、提供を目指したい。」
人工衛星から見た沖縄
ソリューション事業部 部長 向井田明氏)
一般財団法人リモート・センシング・技術センター 向田明氏は、来場者に向けてリモートセンシングについての基礎的な講演を行った。2017年末に打ち上げられ、1月初旬に公開された「しきさい」の画像を例に、衛星データのスペックについて説明。地球観測衛星の種類について伝えた。
その上で、衛星データ利用には課題点が二つあると伝えた。「まず、衛星データは認知度が低い。利用実績を作りプロモーションを行うことで、利活用にさらに興味を持ってもらい、参加者を増やすことが必要。次に、興味を持った人が使いやすい環境を整えることが大切だ。」
海外のプラットフォーム事例を例に挙げ、現在政府で進めているプラットフォーム整備に期待感を示した。「実績を作るには衛星画像加工業者ではなく、IT事業者のような事業プロデューサーからのアイデアが必要だ」とした。
パネルディスカッション
(沖縄県におけるデータ利用の現状・課題と衛星データ活用の可能性)
山城由希氏(株式会社日本バイオテック)、玉城史朗氏(琉球大学工学部情報工学科)、
向井田明氏(リモート・センシング技術センター)、近藤隆広氏(株式会社オーシーシー)、
大橋正治氏(株式会社ナイトレイ)
ファシリテーターは、MM総研の中島氏が務めた。「国はオープンデータ化をより推進すべきだ」と伝え、その上でパネラーである地元企業の代表から課題を掘り出していった。
観光事業者代表として、沖縄ツーリスト株式会社の石坂氏が登壇した。「沖縄県は観光事業での収入が49ヶ月連続で伸びている。訪日外国人ツーリストが7倍になるなど活況を呈している一方で、受け入れ状況が追い付いていないのも事実だ。衛星データには、レンタカーの渋滞解消、オープンデータ利用による需要喚起やサービス向上などを検討していきたい」とし、位置情報解析をサービスとする株式会社ナイトレイ大橋氏と議論を交わした。
農業事業者として、株式会社日本バイオテックの山城氏が登壇した。「海ぶどうの栽培、農業体験施設を運営しているが、水温や日射量により収穫量が変化する。生産量の向上のためにも、衛星データを利用したい」この課題については、一般財団法人リモート・センシング技術センターの向井田氏が回答し、衛星データの農業利用の可能性や事例について伝えた。
IT事業者としては株式会社オーシーシーの近藤氏は、オープンデータをいかに活用するかについて伝えた。「プラットフォーム事業者として、新たな価値創出ができるチャンスだ」とし、それを受けた中島氏は「消費者とデータ提供側を結び、衛星データに付加価値を生む役割を期待したい」とした。
琉球大学で衛星データを使った研究を行う玉城史郎教授は「赤土の流出などの美観を損ねる環境問題が沖縄にはある。観光客には美しい景色を見てほしい。そのために農学部や理学部の学生と日々研究を続けている」と、沖縄観光産業における環境整備を、衛星データを利用して行っていることを伝えた。
農業や観光など、自社事業についての具体的な質疑応答などを通じて、衛星データ利用については「使いやすさ、わかりやすさ」が課題であるという認識がパネラー一同で持たれた。
「業界以外の人がわかりやすく使えるものが必要だ。政府が主導して整備しているが、オープンデータを扱う事業者としては非常にもどかしい」(株式会社ナイトレイ大橋氏)
「宇宙航空研究開発機構(JAXA)の中にもプラットフォームに近いものはあるが、ユーザビリティの面では海外のものには追い付いていないのが現状だ」(一般財団法人リモート・センシング技術センター向井田氏)
これらの意見を受けた中島氏はこうまとめた。
「これからはより簡便にデータに触れられる環境が必須となり、現在進行している。それを利用できるエンジニア、サービス事業者も含めて、初めてプラットフォームと言える。今後は人材育成も重要な要素となる」
沖縄ITイノベーションセンター(仮)の機能にも触れ、システム面、人材育成両方の整備が必要だと強調した。
まとめ
当日は、具体的な課題から議論を盛り上げる形が取られた。ディスカッションでは話が尽きないほど、オープンデータ利用の可能性が感じられるセミナーとなった。S-NETは、今後も沖縄県のIT事業者を中心とした宇宙データへの取り組みを支援していく。
セミナー資料ダウンロード
基調講演資料「ビッグデータ時代の新たな衛星データ利用」(3.5MB)
基調講演資料「沖縄県の産業振興における課題と今後の対応」(2.1MB)