SPECIAL

未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第6回

海洋掘削リグを発射場に!新たな射場ビジネスに挑む
ASTROCEAN株式会社 森 琢磨、
日本海洋掘削株式会社 山田 龍太朗

昨年実施された、内閣府主催の宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster 2018」で最優秀賞を受賞したのは、小型ロケットの打ち上げプラットフォームとして石油掘削リグを使うというビジネスプランでした。
実際に掘削会社に勤務していたプロが、「ロケット発射場の需給にミスマッチがあり、中古リグが安価に入手できる今こそチャンス!」とアピールして支持を集め、大賞(賞金1000万円)とスポンサーの大林組賞(賞金50万円)をW受賞しました。海の上から宇宙をめざす、彼らの着想と背景をご紹介します。

森琢磨氏
山田龍太朗氏

-- S-Booster 2018の大賞受賞、おめでとうございました。受賞挨拶で「今日、会社を設立してきた」とのコメントに感嘆の息が漏れていました。本気、ですね?

森  勤務先を退社し、リスクを負ってチャレンジする覚悟です。私達のビジネスプランを磨いてくれたメンターの方から、「アストロオーシャン」という素晴らしい社名もいただき、感謝しています。

-- プレゼンでは映画『アルマゲドン』から説き起こしていました。

森  リグにはブルース・ウィリスみたいな熱い男たちがいるぞ、とイメージしてもらいたくて。

山田 実は私も小学生の頃からずっと、一番好きな映画がこれなんです。地球に迫りくる小惑星を破壊するため、核爆弾を埋める「孔」を掘るチームを、スペースシャトルで送り込む……。荒唐無稽すぎるストーリーですが、最後にはなぜか感動する。
まさかそのリグで自分が働くことになるとは、夢にも思っていませんでした。

-- 山田さんは、所属されている日本海洋掘削株式会社では、最年少のリグ船長就任だったそうですね。そもそもリグとはどういう設備なのでしょうか?

山田 地下深くから原油を採り出す「石油井(せきゆせい)」を作るための、曳航型の洋上設備です。上下に動く長い脚を海底まで降ろし、洋上にプラットフォームを固定する「ジャッキアップ型」や、水面下に浮力体を備えた「セミサブ型」などがあり、私はUAEのアブダビ沖でジャッキアップ型の「SAGADRIL-1」に乗務しています。

-- どんな人たちが乗っているのですか?

山田 全体で100名前後、国籍では10カ国以上のさまざまな分野のプロたちです。部門でいうと大きく4つに分かれますが、中核となるのが井戸を掘るドリリングのチームです。鋼鉄製のパイプを継ぎ足しながら、その先端を数千メートル先の狙った地層に到達させます。2つめはリグ上の機械設備を操作してドリリング作業をサポートするバージ・クルー。3つめが発電機などの機器の保全や安全管理などを行うメンテナンス・クルー、4つめが通信、食事、ハウスキーピング、医療などに関わるクルーです。24時間2交代、4週勤務4週休暇というペースで配置に就きます。 このほか、我々に掘削を依頼したクライアントである石油会社の担当者や、クライアントが連れてきた地質調査の専門家なども乗船します。私はバージクルーのリーダーとしてリグの船長も兼務し、掘削作業をはじめとする、リグ上での活動全体の調整を行っています。

-- 乗務するプロたちはそもそも、原油という危険物や、ドリルパイプなどの細長い重量物を、安全かつ確実に扱うことに熟達したチームということになりますか?

山田 そのとおりです。

-- そのリグを、発射のプラットフォームにしようというアイデアは、いつ生まれたのでしょうか?

森  シンガポールの造船所に勤務していたとき、竣工はしたが行き場のないまま待機しているリグを見て「何とか使いみちはないものだろうか」と考えたんです。石油市場の冷え込みで需要は減っているが、これだけの設備を遊ばせておくのは、もったいなさすぎる、と。

-- それで、ロケットを思いついたということですか?

森  そうなんです。そこでまず今後の打ち上げ需要を調べてみました。すると大きなミスマッチがあったんです。小型衛星を中心に衛星打ち上げ需要が急増するが、打ち上げ手段はその半分も満たせていない。ロケットはもちろん、射場そのものも足りていないことが分かったんです。

-- 確かに小型衛星・小型ロケットは宇宙利用の新時代を象徴する存在です。いっぽうで、洋上プラットフォームからの打ち上げでは、SeaLaunch社という前例もありました。

森  はい、静止衛星を打ち上げられるような大きなロケットを赤道近くまで運んで、洋上から打ち上げるサービスでした。地球の自転速度を味方につけるすぐれたアイデアだったと思います。

-- ただ会社は残念ながら破綻しましたね。

森  大きなロケットに対応するため、莫大な費用をかけて洋上プラットフォームを整備した。その負担が重くのしかかり、トラブルなどで稼働率が下がって、資金面で耐えられなくなったのだろうと思います。

-- それでは、ASTROCEANはどのような計画をもっているのですか?

森  まず中古リグを使うこと、さらに改修も必要最小限にすることで、初期投資を小さくします。逆にいうと、リグで扱えるような小型ロケットだけをターゲットにすることで、ビジネスとして成立させられるのではないかと考えました。 私はリグでは電気設備の担当でしたが、アイデア実現のためには、もっと詳しくリグ全体のことを知らなければならない。そこで「SAGADRIL-1」勤務時の同僚である山田に相談を持ちかけたわけです。

森琢磨
カタールで乗船勤務
ET(電子機器責任者)
山田龍太朗
UAEで乗船勤務
最年少キャプテン

山田 設備でいいますと、例えばドリルパイプを継ぐための高いデリック(櫓(やぐら))は、実は簡単に撤去でき、それによってサッカーコートほどの広いスペースが生まれます。リグのクレーンは洋上のサプライボートから40フィートコンテナを持ち上げることができますので、ロケット本体の扱いも問題ないでしょう。危険物にも慣れていますし、打ち上げに向けた組み立てや試験などの作業に対しても、バージクルーは的確なサポートができると思います。

-- クライアントが石油会社から衛星サービス会社に代わり、ドリリングのチームがロケット会社に代わるだけで、クルーの仕事は変わらないということでしょうか?

山田 おそらくそうだと思います。

-- 打ち上げ場所は、どのあたりを想定しているのですか?

森  どこへでも移動はできるわけですが、静止衛星など重量のある衛星をターゲットにするわけではないので、赤道近くまで運んだりはしません。かといって、陸地に近すぎてもメリットは少ないので、少し沖に出ます。日本の打ち上げでは地元関係者や漁協などとの合意が欠かせないわけですが、沖に出れば折衝すべき関係先が少なくなると考えています。その分、準備期間が短縮でき、打ち上げの期間設定もよりフレキシブルにできるのではないかと期待しています。

-- プレゼンでは射場の命名権ビジネスや打ち上げ観光クルーズのアイデアも紹介していましたね。多くの人が、打ち上げを見守り応援する映像が、浮かんでくるようです。

森  S-Boosterの書類選考を通過した後、法務やビジネスの専門家の方々にメンターとして関わっていただけたのが大きかったと思います。私達の未熟で穴だらけだったビジネスプランを、このような形に仕上げることができたのは、メンターの方々のおかげです。S-Boosterという機会がなかったら、あり得なかったと思います。

-- 以前所属していた日本海洋掘削は、昨年7月から会社更生手続きに入っていますが。

森  はい。遠因はリグ需要縮小です。私達の、ビジネスプランも同じ根につながっています。また、このプランを社内の新規事業ではなく、独立起業して進めようというのも、それが理由です。

-- 会社は、いま直ぐに新規ビジネスへ参入できる状況ではない…。

森  起業のリスクは私が一人で負います。でもビジネスの実現は一人ではできない。所属していた会社のサポートが絶対に必要です。

山田 そのために私は残りました。S-Boosterの大賞受賞は、会社にとっても久しぶりの明るい話題でした。それがきっかけで私は社内で、このプランをプレゼンすることができ、勉強会も立ち上げることもでき、応援しようという空気が生まれています。

森  顧客を見つけ、ビジネスを軌道に乗せることは、育ててもらった会社への恩返しにもつながると思っています。

-- 最後に起業後の意気込みをお願いします。

山田 映画で憧れてはいましたが、まさかリグで働くとは思いもよらず、しかもその上、リグから宇宙を目指すことになるなんて、想像を超えすぎです(笑)。なんとかそれを実現させたいと思っています。

-- ぜひ、ロケットをバンバン打ち上げて、小惑星から人類を守って下さい。

森  はい、そのためにもまず日本を、宇宙大国にします!

インタビュアー: 科学技術ライター 喜多 充成

2019年3月2日、アストロオーシャン社と千葉工業大学 惑星探査研究センター(PERC)が、海上フロートを用いて小型ロケットを打ち上げるシーロンチ(洋上発射)実験を実施した。今回の打ち上げ結果をもとに、来年以降は高度30kmに達するシーローンチ実験を計画しており、今後は高度100kmを目指して開発を進める。

PROFILE
プロフィール

ASTROCEAN株式会社
Founder&CEO
森 琢磨
(もり たくま)

日本海洋掘削株式会社に入社後、UAE(Sagadril-1)、カタール(HAKURYU10)にてリグ勤務。シンガポールでは新リグ建造プロジェクトに従事(HAKURYU-14, HAKURYU-15)
S-Booster2018にロケット海上発射事業を応募後、最優秀賞受賞。同日ASTROCEANを設立。
ASTROCEANは2019年の3月2日に日本で初めてロケットの海上発射を行った。(教育目的では世界初)

日本海洋掘削株式会社
山田 龍太朗
(やまだ りゅうたろう)

2013年、東京海洋大学海洋工学部乗船実習科航海コースを主席で卒業。同年、日本海洋掘削株式会社に入社し、中東諸国にてリグ勤務。2017年には、リグの船長に最年少で就任。
森氏とともにロケット海上発射事業案でS-Booster 2018に参加、最優秀賞受賞。リグ勤務と並行して、ロケット海上発射事業案の実現に向け社内で勉強会を進め、現在に至る。

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