第13回
日本の宇宙産業をグレートインダストリーに
一般社団法人SPACETIDE 石田 真康
日本初の民間による宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE」。
2015年から年々規模を拡大し、2019年は世界9か国の約60人の登壇者と600人を超える参加者で熱気に包まれた。
一般社団法人SPACETIDEの代表理事、石田真康さんにSPACETIDEの目的や宇宙業界で起業を目指す人、起業後に苦戦する方へのアドバイスを伺いました。
●日本に宇宙ビジネスの結集軸を
--まず、SPACETIDEってどんな団体で何を目指しているのでしょうか?
石田:一言でいうと、宇宙産業の発展と拡大のために産業横断的な活動をしていこうというのが、大きなミッションです。特に民間主体の宇宙ビジネスに軸足を置きつつ、結果として宇宙産業全体の発展拡大に寄与したい。
--なぜ2015年にSPACETIDEを始めたのですか?
石田:月面賞金レースGoogleルナXプライズに参戦したHAKUTOに、プロボノとして関わったのが2012年でした。レースには世界のスタートアップが参戦していたので海外に行く機会が増えて、世界的に宇宙ビジネスにものすごい熱量があることがわかったのです。翻って日本には全然熱がない。当時は科学探査のことしか記事にならないし、面白いことをやっている宇宙スタートアップがあるのに、注目が集まらない。アメリカには様々な宇宙カンファレンスがあって、NASAもスペースXも有名な起業家もいる。「なんで日本にこういうカンファレンスがないのかな」と。
--日本には「場」がなかったんですね?
石田:そう。点と点がばらばらになっていたものを面として一か所に集めたら、宇宙ビジネスへの認知度や注目度が上がって、日本の活動がもう一段二段上がるんじゃないか。宇宙ビジネス全体を議論する結集軸を作ろうと。準備期間2か月で夜な夜な議論して開催しました。スタートアップや政府関係者だけでなく、スタートアップに投資している投資家の方々にも登壇して頂いたんです。
--とても印象に残っています。
石田:投資業界では有名な方々ですが、彼らが宇宙に投資しているなんて誰も知らないし、彼らも話したことがなかった。「宇宙産業を盛り上げたい」という趣旨に賛同して手弁当で参加して下さいました。TV局の取材が入り400~500人が参加しました。
--盛況でしたね。4回目の2019年は2会場同時進行で活発な議論が行われました。
石田:3回目の18年は大きなチャレンジをしました。2回目までは投資家とか起業家とか登壇者の背番号、つまり職業ごとにパネルディスカッションを行っていたのですが、ベンチャーの数も種類も増え始めて「宇宙ビジネスにも色々あるよね」ということに(参加者が)緩やかに気付き始めた。そこで衛星とか打ち上げビジネス(=ロケット)とか、宇宙産業の分野別に分けたんです。それはそれで成功したのですが「難しい」という声があがった。
元々SPACETIDEは宇宙産業のすそ野を広げるためにやっているから、初参加の人が一定比率以上いないと広まらない。そこで4回目はメインホールで分野別の話題を深く議論して、他方でサブホールはよりカジュアルで敷居の低い話題にしました。
--どちらに参加しようか迷いました。今年のテーマは「加速する宇宙ビジネス、その構想がカタチになる」でした。宇宙ビジネスはカタチになり始めていると?
石田:「リアリティ」が今年のキーワードでした。ビジネスは売り上げが出てなんぼだし、宇宙ビジネスなら宇宙に行って当たり前。それなのに、未だに「資金調達しました」等のニュースが多い。でも世界ではリアリティになり始めている。
スペースXの通信衛星スターリンクは(合計約1万2千機のうち60機が)上がり始めたし、民間宇宙旅行を販売するヴァージン・ギャラクティックは高度80㎞に到達、中国の小型ロケットベンチャー企業のiSpaceは衛星の軌道投入に成功しました。日本は一回りぐらい遅れていますが、衛星を打ち上げた企業、これから上げる企業などがあり、カタチになる兆しが見えます。
--ビジネスは資金調達が肝だと思いますが、最初の段階から次に進めるには?
石田:アメリカの場合は資金調達のシリーズAの段階では政府が最初の顧客になることが多いです。その資金で技術開発し、民間のお客さんが見えるとシリーズBになり、拡大する兆しが見えるから、さらに投資ラウンドを回すことができる。
--日本ではあまりないですね。
石田:議論は起きています。資金調達をシリーズABCDと回すには技術開発だけでなく、事業開発も同時に進めてないといけない。誰がお客さんで売り上げをどうたてるのか。顧客は日本だけではなく、世界の官需や民間を最初から視野に入れる必要があります。
●日本の宇宙スタートアップの特徴 — グローバルニッチ、投資家の幅が広い
--日本の宇宙スタートアップに対する世界の見方は?
石田:宇宙業界での評価は高いです。ISS(国際宇宙ステーション)の「きぼう」日本実験棟や補給機「こうのとり」10周年記念式典に参加して、日本が宇宙先進国の仲間であるという認識を世界が持っていることを実感しました。それが宇宙ベンチャーへのプラスになっていますし、海外の官需を取りに行く場合にもある意味パスポートになっている。それから、日本の宇宙産業は投資家のコミュニティが広いことも特徴です。
--どういうことですか?
石田:米国は投資のプロばかり。一方、日本は異業種の企業 — たとえば自動車メーカー、航空会社、商社、IT企業などが宇宙産業に興味をもって投資提携をしているなど幅が広い。その件数は欧米から見たら異様な数で、びっくりされますよ。
それから、ニッチなことをやっている。
--ニッチですか?
石田:宇宙デブリの掃除をするアストロスケールや人工流れ星のALE、小型のSAR衛星を打ち上げるスタートアップとか。通信衛星を数千基打ち上げてメガコンステレーションを作るような資本力のパワーゲームでないところで勝負しようとしている。
--確かにそうですね。
石田:グローバルニッチと呼ばれます。僕は本職でいろいろな業界のコンサルティングを担当してきましたが、グローバルニッチは日本企業の生き残りの一つです。ニッチだから競争環境が激しくない。世界でやっているのは3社だけとか。でも世界中にニーズがあるから、その中で一位になれば非常に収益力が高いわけです。
●これから起業する人へ「分解能をあげていく」こと
--これから宇宙業界に参入する人にアドバイスを頂きたいのですが。
石田:やりたいことをやればいいと思います。ただ、宇宙業界と一口に行っても衛星データ利用、打ち上げサービス、月探査など分野ごとに競争環境や事業特性が異なります。それをきちんと理解する必要があります。
--具体的には?
石田:例えば商業打ち上げサービスにしても大型ロケットは世界で5~6のロケットぐらいですが、小型ロケットだと現在開発中の企業は70社以上あるしお客様も全然違います。
小型ロケットにしても小型ロケットだけを見ればいいわけではなくて、大型ロケットのライドシェア(相乗り)や、ISS「きぼう」実験棟からの放出も選択肢の一つです。
お客様から見たときにライバルがどこまでか、ちゃんと描かないと。さらに事業特性には様々な法律も絡んできます。宇宙活動法とかITAR(米国の輸出規制)とか。それらをきちんと知るのは結構大変です。
--なるほど、実際にサービスを買うお客様目線で、ビジネス実現までの過程を理解する。
石田:宇宙ってイメージがいいからみんな話を聞いてくれます。でもちょっと入ろうとすると結構面倒臭いことが多い。調べることが多いしお金が回るまで時間がかかる。海外の状況を見ないといけないから、英語もできないといけない。最初のきらびやかなイメージと入った後に感じる難しさとの間にギャップがあって、そこで諦めるケースが結構あります。経営会議に通そうとしても、トップは何も興味や知識がなかったりするのも壁だと思いますね。
--SPACETIDEは何らかのサポートをしていますか?
石田:コンパスというレポートを出しています。元々スポンサー企業から、宇宙ビジネスの進展度合いがわかる冊子が欲しいという依頼があったのです。
例えば衛星に投資をしたものの、ロケット失敗のニュースを見ると、衛星と関係なくても上層部に「うちは大丈夫なのか」と言われたりする。
そんな時、「宇宙ベンチャーは日本で何社あって、増えています」「ライバル社は投資しています」など根拠をもって答えられるように、半年に一度アップデートしています。英語版も同時並行で作っています。
●やめない人が勝つ人
--起業したけれども売り上げが立つまで大変という方には?
石田:そんなの当たり前じゃないですか(笑)。起業はうまくいかない確率がほとんどで、10年生き残る会社は1%に満たない。続けることにつきます。やめない人が勝つ人です。
--やめないために大事なことは?
石田:起業家本人は最後まで走れます。人生かけてやると決めているから。でも周りが耐えられなくなるんです。顧客、投資家、社員、関わる人みんなで長期間頑張るとコミットすることと、長期間耐えられるだけのお金を回さないといけない。事業でなくても広告宣伝費でも何でもいいです。あとは信頼が大事ですね。
--投資家はどんな点を見るのでしょうか?
石田:何があっても乗り越えられるチームか否かだと思います。たまたまあるスタートアップが最初の資金提供を受ける場に居合わせたことがありますが、事業プランは何も聞かなかった。聞いたのは「〇〇さんは何があってもやりますか?」と一言だけ。事業プランは変わることがわかっていますから。逆に言えば、状況によって変えて生き残る人が強い。
●宇宙をグレートインダストリーに
--これからSPACETIDEが目指す方向は?
石田:一つはアジア太平洋地域に活動を広げたい。アジア太平洋地域は宇宙機関や宇宙ベンチャーが次々できてプレーヤーが増えています。それから活動範囲を広げて宇宙産業の発展のために、できることをしてきたいですね。
--宇宙産業の発展は地球全体、人類全体にとってどんな寄与があるのでしょう?
石田:あるシンポジウムでアマゾンドットコムのジェフ・ベソスが語った言葉に感銘を受けました。
「再利用ロケットをやっているのは君だけじゃない」というやや意地悪な問に対して「グレートインダストリー(偉大な産業)は、あまたの勝者を生む」と彼は言いました。
今、宇宙産業はまだグレートインダストリーとは言えません。
たとえば、自動車産業は世界中に移動の自由を届け、日本の産業の顔になっています。
自動車は世界で200~300兆円規模の産業で、宇宙はまだその十分の一。
でも宇宙には可能性があると思っています。産業規模が大きくなり雇用が増え、外貨を稼いで、技術基盤を維持する日本を代表する産業になると。普遍性のある偉大な産業にはたくさんの勝者がいて、それぞれの役割がある。結果的に社会に役立つはずです。そうなったらいいなと思っています。
PROFILE
プロフィール
一般社団法人SPACETIDE代表理事 石田 真康
(いしだ まさやす)
A.T.カーニー プリンシパルとしてハイテク・IT、自動車、宇宙業界などを中心に経営コンサルティングを担当。一般社団法人SPACETIDE共同創業者及び代表理事。内閣府宇宙政策委員会宇宙民生利用部会、宇宙産業振興小委員会委員。東京大学工学部卒。著書に「宇宙ビジネス入門」(日経BP社)などがある。