第15回
SARデータ解析で「除雪クライシス」に備える
国立研究開発法人防災科学技術研究所 雪氷防災研究センター
山口 悟
東京オリンピック開催を翌年に控えた昭和38年1月、日本列島は過去最大級の豪雪災害に見舞われた。日本海側の積雪量(累計)は市街地でも5〜6mにのぼり、1万棟に近い全半壊・浸水などの住宅被害や、600名近い死傷者が出て、交通・通信にも障害を残した。このとき新潟県長岡市の市街地で計測された最大積雪深は「381 cm」。この記録はいまも破られていない。
後に「三八(さんぱち)豪雪」と名付けられたこの豪雪災害をきっかけに、国立防災科学技術センター(現:防災科学技術研究所)は昭和39年12月、長岡市に雪害実験研究所(現:雪氷防災研究センター)を、昭和44年には山形県新庄市にその支所(新庄雪氷環境実験所)を設置、「科学の知見を雪氷防災に生かす」ための研究開発活動が続けられてきた。
同研究センターの幅広い取り組みの一環として、衛星データを活用して「積雪深の広域・面的な把握」を行い、「効率的な除雪ルートの設定」につなげようという研究プロジェクトがある。「そもそも雲がある降雪時や夜間の観測は、可視光では行えない。時間や天候によらず観測が可能な SAR(合成開口レーダー)データの活用が期待されるゆえんだが、一方で宇宙からの観測データと実際の積雪深との相関はまだ明らかにされてはおらず、地上は地上で除雪作業の担い手が減少するという危惧もある。
--除雪車のオペレーターは、とても朝が早いそうですね?
山口:動き出すのは早朝というより未明からです。通勤通学の時間までに主要な道路の除雪を終えなければ、街が動き出せない。真夜中に起き出し、除雪車が置かれた除雪ステーションに向かいます。長岡市内は8つの除雪エリアに区切られ、エリアごとに除雪ステーションが設けられている。それぞれのステーションには積雪深の計測点があり、その数値がある値以上になっていれば出動することになっています。
--未明の中、除雪ステーションまで行き、積雪深が既定値に達しておらず空振り、ということもあり得るわけですか?
山口:あり得るでしょうね。自治体が民間に委託し、公金で行われる事業です。そこは厳密な取り決めがなされていると思います。
--ただ、除雪ステーションでの積雪量というピンポイントの情報が、除雪対象エリア全体の積雪をうまく反映できているかというと……。
山口:そうなんです。雪国の方ならご存知と思いますが、雪の降り方は場所によっても日によっても大きく違います。一方で、積雪深や降雪量の観測点は、まばらにしか配置されていません。ステーションでの数値が大きく出動したらそれほどでもなかったとか、その逆もあり得るわけです。「面的な広がりを持った、積雪深の分布を正確に知る方法」は、存在していなかったのです。
--そこで、内閣府の先進的な宇宙利用モデル実証プロジェクトに応募し、SARデータの活用にチャレンジしたわけですね。
山口:SARは太陽光ではなくマイクロ波の送信と受信を利用したレーダー観測ですから、夜間でも、雲に覆われていても、地上での観測が可能です。
--雪が降るときは雲も出ているわけですから、SARでしかできない観測ですね。ただ、その精度や信頼性を確認するためには実データと突き合わせた検証が必要になりますね。
山口:その作業がたいへんでした。県内135か所の観測点における過去5シーズン分の積雪データを統合・整理した検証データを新潟大学から提供していただき、それをもとに早稲田大学が解析を実施しました。
--135か所と聞くと、かなりの観測密度のように思えますね。
山口:中山間地域ではかなりまばらにしか観測点が配置されていませんから、決して足りているとは言えません。
--SARデータについては?
山口:異なる波長・異なる衛星のものを使いました。Lバンド(1.5 GHz帯)の「だいち2号(ALOS-2)」(PALSAR-2、33シーン)、ドイツが運用するXバンド(9 GHz帯)のTerraSAR-X(6シーン)と比較。さらにアルゴリズムの検証用に欧州宇宙機関(ESA)が運用するCバンド(2 GHz帯)の Sentine1-1 の観測データも利用しました。雪の性状や積雪深とどのような相関があるかを調べるため、なるべく多くのデータが必要でした。実データと比較することで波長ごとの得意不得意も分かってきました。
--SARデータでは、積雪はどのように「見え」るのでしょうか?
山口:細かな凸凹のある地面の場合、積雪があると表面が比較的滑らかになり、衛星方向への反射が弱くなり、少し「暗く」写ります。さらに、積雪が深くなるほど、積雪内部へ透過してから拡散される効果も大きくなるのでさらに「暗く」なっていく。また湿雪か乾雪かによる明るさの違いもあります。CバンドとLバンドのデータを解析し比較しましたが、積雪深を見るならLバンドだが、積雪の有無を見るだけならCバンドもメリットがあることもわかりました。
--課題やその解決策については?
山口:SAR画像にはスペックルノイズというノイズが含まれてきます。位相の揃ったレーザー光などでも生じる粒状のノイズであり、データを使うにはこのノイズを消さねばなりません。
--どこまでがノイズで、どこからが意味のあるデータかを見きわめなければならないわけですね。どんな手法ですか?
山口:デジタル写真で「ガウスぼかし」をかけるような操作と同じ手法です。ある大きさの範囲を決め、その中のデータを周辺のデータとスムーズにつながるよう、平均化していく操作です。
--空間解像度を大きくすることで、データの信頼性を高めるということですか?
山口:そういうことになりますね。もともとの SARデータの解像度が高いので成り立つわけです。解析では平均化する範囲の大きさをさまざまに試してみたところ「直径300 m」に設定したときに実測データと最も一致度が高くなることがわかりました。
--SARデータの利用に関しては、SARデータそのものや解析サービスを提供する宇宙ベンチャーなどが登場し、ビジネス利用の面においても注目の集まる分野ですが。
山口:実運用につなげるには、より高頻度の観測データが必要となります。SARデータ利用の市場拡大は、データ入手のハードルが下がることを意味しますので、望ましいことだと思っています。
--SARデータの解析から得られた積雪深マップを、除雪作業の効率化にどうつなげていくのでしょうか?
山口:積雪深マップは「除雪しなくてもいい場所」を見つけるために使うのではないということです。
長岡の市街地での除雪は、道路上の雪を路肩に押しのける「排雪」が基本です。ロータリー除雪車を使って道路外に雪を放り投げる「投雪」は市街地では行いません。排雪を行う除雪車の速度は、雪が多いほど遅くなり、積雪が少なければ速くなり、除雪済みのルートを走る場合はさらに速くなります。このことから同じ路線を除雪する場合でも、回る順序を変えることで、所要時間を短縮できる可能性があるわけです。
--非常に高度なアルゴリズムですね。
山口:我々の試算では、同じ路線を同じように除雪する場合でも、ルートのとり方を変えるだけで約5%の所要時間短縮が実現しました。時間単価で単純計算するのは難しいかもしれませんが長岡市ではワンシーズンに約20億円(2018年度)を除雪にかけています。その5%とすれば大変な額になります。
またいっぽう、除雪オペレーターの方たち、長年の経験的から自分のやりやすいルート設定を見つけています。そういう方たちにも納得してもらえるようなルート設定ができないといけません。
--宇宙アセットを使った除雪支援といえば、「みちびき」など測位衛星を使い、車両の位置を把握して除雪車両の最適配置に役立てるシステムや、高精度測位と3Dマップでオペレーターの負担を軽減するシステムなど、さまざまな取り組みが行われています。
山口:大切なことだと思います。我々の取り組みも、すぐに来シーズンから役立つというものではありませんが、10年のスパンを考えると、人口減と高齢化は確実に除雪作業にインパクトを与え、都市機能を低下させます。
10年、20年後の除雪作業は相当程度、衛星測位やコンピュータが支援する形になっていくでしょう。そのときに必要になるであろう知見や技術を、今のうちからひとつひとつ積み上げていく必要があります。そのために必要な研究開発であると考え、取り組んでいます。
写真は防災科学技術研究所に設置されている、レーダー衛星が送信した電波を衛星方向に反射する「コーナー・キューブ・リフレクター」。
積雪深データのキャリブレーションのために設けられている(新潟大、早稲田大と共同で設置)。
「学校などに置いてもらいデータを蓄積していけば、より精緻な積雪深マップを作る助けになります」(山口氏)
PROFILE
プロフィール
国立研究開発法人防災科学技術研究所雪氷防災研究センター 主任研究員
山口 悟
(やまぐち さとる)
関東地方で生まれる。雪に憧れて北海道の大学に進学。そこで白い雪のイメージとは裏腹の雪国の大変さを知る。その後防災科学技術研究所に勤務し、雪氷災害に関する研究に従事。専門は、積雪物理・雪崩。近年は、雪国の生活水準に密接に関わる除雪の最適化に関する研究にも着手している。