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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第17回

誰でも安全、手軽に宇宙へ — 「ふうせん宇宙旅行」
株式会社岩谷技研 岩谷 圭介

海辺の発射場で気球「テンクウ 25000」に乗船し、離陸。
約1時間で宇宙の入り口、高度 25 ㎞の成層圏へ。地球の眺めと漆黒の宇宙に煌めく星々をゆったり眺める4時間の旅。
従来の宇宙旅行より安全で、誰でも参加できる「ふうせん宇宙旅行」は内閣府主催の宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster2019」で審査員特別賞と大林組賞を受賞。
どんな宇宙旅行なのか?安全性は?提案者である株式会社 岩谷技研 代表取締役の岩谷 圭介さんに伺いました。

ふうせん宇宙旅行

●気球だからこそ実現できる「安全な宇宙旅行」とは?

--岩谷さんは 2011年に高高度気球を使った撮影「ふうせん宇宙撮影」にたった一人で取り組み、翌年には日本で初めて小型カメラ+気球による高度 30 ㎞ からの撮影に成功されました。その後、気球 × 宇宙旅行というアイデアはどんな風に生まれてきたのですか?

岩谷:小型装置を使った宇宙撮影はこれまで 110回近く行ってきました。信頼性や回収率が高くなり回収率は 100%。装置は最初 100 g でしたが今や 20 ㎏ まで飛ばせます。

--100 g だったのが 20 ㎏ に!

岩谷:はい。200倍ですね。さらに 200倍すれば4トン、人が宇宙旅行をするのに必要な気球全体の重さは1トン未満です。今までの成長と同じように成長させていけば、技術的に不可能ではない。また宇宙旅行の計画は色々ありますが、様々な障害をすべてクリアできるのは気球だということに気づいて、「宇宙旅行を実現しよう」と思ったのです。

--気球だからこそクリアできる障害とは?

岩谷:一番大きいのは安全性です。気球なら子供でも乗ることができるほど安全です。
現在の宇宙旅行で使われているロケットは死亡率が3%。しかも緊急時の脱出方法が一種類しかありません。
それに対して気球は死亡率 0.001%以下。四重の安全系を準備します。価格も一人 100万円と非常に安くできます。

--四重の安全系ですか。後で詳しくお聞きしますが、なぜ気球なら子供でも大丈夫なのでしょう?

岩谷:現在の宇宙旅行で、お子さんが行くのが難しい要因の一つとして加速度変化が大きすぎること(3~6G)です。熱気球の場合、着水時に瞬間的にかかる加速度はジェットコースターと同じ程度に抑える計画です。今のところ家族で宇宙旅行に行けるのは気球だけ、と考えています。


●地球と宇宙がつながっていることを実感

--どんな宇宙旅行か、具体的に教えていただけますか?

岩谷:気球は直径約 44 m、人が乗り込むキャビンは直径 2~3 m。5人の乗客とパイロット1名、アテンダント1名の合計7名が、専用の気密服を着てキャビンに乗り込みます。

--どこから出発するのですか?

岩谷:気球は海に着水させるため、東側に海が開けた場所から飛び立ちます。現在、様々な自治体と相談させて頂いていますが、茨城県が有力候補の一つです。打ち上げ時間帯は、日の出ている時間帯を考えています。地上の風景を楽しんで頂きたいからです。
気球は高度 2万5000 m まで約1時間かけてゆっくり上昇していきます。飛び立った街がどんどん小さくなって周囲に溶け込んでいく。徐々に見える範囲が広がって、地球を覆う薄い大気層、その奥に漆黒の宇宙や星々が見えてきます。宇宙と自分自身の住んでいる世界がつながっていることに気づくのが、ふうせん宇宙旅行の一番大きな魅力だと思います。

4K 360度VRカメラで撮影した地球と宇宙空間

--どのくらいの高さで宇宙に煌めく星や、大気層が見えますか?

岩谷:10,000 m だと航空機が飛ぶくらいの高さですから、まだ「空」という感じです。
20,000 m を超えて 25,000 m に近づくと、昼間でも星が見えてきますね。日の出を見るツアーも可能ですが、その場合は夜中3時とか4時に出発することが必要です。

--キャビンの中はどんな感じなのでしょうか?

岩谷:宇宙ステーションと同じように空気で満たされ、温度も気圧もしっかり保たれているので、普段着で乗ることが可能です。万が一、気圧が下がった場合に備えて気密服を着てもらいますが、大きな目的は宇宙旅行気分を楽しんでいただくために着用していただく考えです。
キャビンはカーボン製で非常に軽く作ります。形は検討中ですが、六角形にすれば窓が6か所つけられ、外の景色を十分に楽しんでいただけます。

--25,000 m にいくまでに約1時間。上空での滞在時間はどのくらいですか?

岩谷:約2時間です。キャビン内で飲食もできますし、将来的に 20人乗りの気球では、「お風呂を作ってほしい」という熱い要望を投資家の方から頂いています。富士山を見る「富士見風呂」ならぬ「地球見風呂」が体験できるのは、1Gの重力がある気球だけです。無重力状態の宇宙ステーションでは、お風呂に入ることはできませんから。

--なるほど。帰還はどのように?

岩谷:1時間かけてゆっくり地上に戻ります。宇宙撮影では気球は破裂させますが、宇宙旅行では気球に弁をつけてガスを少しずつ抜いていきます。ガスを抜くと浮力が小さくなり下降しますが、下降スピードが速くなりすぎないように、バラスト(水や砂など)を積んでおき、バラストを捨てることでふんわり降ることが可能です。
着水の前にアンカーを下ろしてブレーキをかけます。これは当社の独自技術で世界初の技術です。波の状態にもよりますが、着水時は先ほどお話ししたとおり、最大でもジェットコースターぐらいの加速度がかかる可能性があります。着水地点は、これまでの実績から 500 m~1 ㎞ の精度で予測できるので、着水後5分以内にお迎えの船が到着します。

--海上に降りるのは、沈んだらどうしようと思うと少し不安ですが・・・

岩谷:キャビンは水より軽い材質を使うので物理学的に沈むことはあり得ません。また、着地時の衝撃は陸の方が大きいし、国内は私有地が密集していること、気球が電線にふれる可能性があることなど、むしろ陸に着陸する方が問題が多いです。海上の方が陸地より安全に着陸できるのです。


●四重の安全性とは

--人が乗る場合、安全性が一番気になるところです。飛行中に気球にトラブルがあって壊れてしまった場合などはどうやって安全性を保つのでしょうか?

岩谷:先ほどお話しした通り、ふうせん宇宙旅行では四重の安全性を考えています。
①気球で降りてくる(通常のケース)。
②気球にトラブルがあった場合、パラシュートを開く。
③パラシュートにトラブルがあった場合、キャビンだけで落下。キャビンの底を平らにすることで、着水速度を時速約 80 ㎞ 程度に抑える。
④キャビン内に収納されている乗客用のパラシュートで、乗客一人一人がキャビンから脱出しパラシュートで降りる。

--キャビンからどうやって脱出するんですか?

岩谷:ハッチがあり、内側から開けられます。気圧が地上の約二分の一になる高度 5,000 m まで降りてきたら開けることが可能です。また、25,000 m 上空で気球に穴が開いた場合でも、高度 10,000 m まで2~3分で降りることができます。高度 10,000 m は空気が地上の約四分の一はあるので、様々な安全策をとる時間があります。
有人飛行を目指して、2018年6月には沖縄県宮古島上空 25,000 km に魚(ベタ)を気密型専用キャビンに搭載し、高度 25,000 m まで打ち上げる「ふうせん宇宙旅行プロジェクトの第0ステージ実験」を実施し、無事に帰還させることに成功しています。

ふうせん宇宙旅行プロジェクトの第0ステージ実験


●他社との比較、岩谷技研ならではの優位性は?

--ところで数年前、数百万円で気球による宇宙旅行を実現すると発表した他国の企業があったと思いますが、ライバル社はいますか?

岩谷:おっしゃっている会社は既に宇宙旅行を止めてしまいました。陸に着陸する計画でしたが、何回か事故を起こしたようです。他にはスペインの会社が開発を進めていますが、資金集めに苦労しているようです。

--では気球による宇宙旅行の実現に最も近いのは岩谷技研ということになりますね。御社の売りや、これまで乗り越えてきた課題で最も大きいものはなんでしょうか?

岩谷:一番大変だったのは回収技術です。世界で一番高い技術を持つと自負しています。打ち上げたものを確実に回収できるからこそ、人を飛ばすことができる。海で物を探すのは部屋で鍵を探すのと全然違って、完全に何も見えない状態で探さないといけないので大変です。

--なぜ回収率 100%が達成できるのでしょう。

岩谷:まず確実な飛行経路予測、そして装置の確実な設計、製造、運用技術です。装置によって飛行経路予測に使う計算式が違いますが、こちらは経験値です。日本で一番気球を上げているからこそわかる。これまで 110回打ち上げましたが、人を飛ばすまでにさらに 100回打ち上げます。

岩谷 氏


●課題は人材。やる気のある人はぜひ、来てほしい

--2021年中に一人乗りの気球で高度 25,000 ㎞ を達成させるとのこと。現在の課題は?

岩谷:一番の課題は人材確保です。4月から8人になりますが、全然足りません。これまでの気球はゴム製で直径は最大 20 m でしたが、宇宙旅行用の気球はプラスチック製で直径 40 m。自社製造しますが、モノづくりはこれからです。

--有人飛行までの大まかなタイムスケジュールを教えて頂けますか?

岩谷:まずは小型のプラスチック気球の製造に着手し、今年の夏頃までに打ち上げます。その後、中型の気球を開発しながら飛翔試験を 2020年のうちに行います。キャビンは今年4月からとりかかります。実物大の模型も作り、約1年間かけて様々な試験を行いながら、2021年10~11月には一人乗りの有人飛行試験を予定しています。
この記事を読んだ方で「やりたい!」と思われる方は下記を参照ください。
岩谷技研HP(URL: https://fusenucyu.com/6009

--共に挑戦してくださる方がいるといいですね。初号機のパイロットは決まっていますか?

岩谷:はい。ガス気球のパイロットで、パラグライダーのプロでもある方です。成功すれば歴史に名が残りますし、「絶対にやりたい」と言ってくれています。


●「想像できるものは実現できる」と示したい

--S-boosterでは、気球を使った宇宙旅行だけでなく、多角的なビジネスを展開したいとスピーチされていました。具体的にはどういうことでしょうか?

岩谷:気球を使ったビジネスでは、地上を撮影する高解像度なリモートセンシングの需要が多く、こちらの方がリスクも少なく、大きな収入源になります。しかし、宇宙旅行を実現することで信頼性や安定性は確実に手に入ります。人を飛ばすには最大の信頼性が求められますから。

--技術的な高みを目指せば、ほかのものはついてくるということですね。気球による宇宙旅行は人材確保さえできれば実現できる自信はありますか?

岩谷:人材と資金が調えば、基本的に問題ないと思っています。ただ、事業化となると異なるハードルが出てきます。
たとえば、気象条件でどのくらい飛ばせるかはビジネスに直結します。パラグライダーの場合、飛行できる確率は3~4割。1割だと商売にならない。国内で気球を3割飛ばせる気象条件となると、通年は厳しい。そのため、世界中で立地を探すことになります。まずは物を作り上げることが当面の目標です。

--岩谷さんの今後の方向性を聞かせてください。

岩谷:私自身の人生の目標は、子供たちに夢を与えることです。宇宙旅行って夢物語だとずっと言われてきました。まだ実現していないことを形にしたい。「想像できることは実現できる」ってことを子供たちに示してあげたいのです。
未来のために自分ができることは何かということを考えて、これからもやっていきたいと思っています。

インタビュアー: ライター 林 公代

PROFILE
プロフィール

株式会社 岩谷技研代表取締役
岩谷 圭介
(いわや けいすけ)

昭和61年4月生まれ。
北海道大学在学中より起業し、2011年ふうせん宇宙撮影を開始。たくさんの失敗を糧に 2012年に初の宇宙撮影を成功させる。その後も開発を進め、これまで約100機の打上を実施。2012年北海道大学工学部卒業。大学では航空宇宙を学ぶ。
著書に「風船で宇宙を見たい!」(くもんジュニアサイエンス)などがある。

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