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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第18回

衛星データを利用して融雪水量を推定する。
雪国で期待される AI の活用方法とは。
日本工営株式会社 / 株式会社守谷商会 / インフォアース株式会社 / 一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構

内閣府による 2019年度 課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクトにおいて「AI を用いた衛星データによる融雪水量推定システムの構築」で採択され、衛星によるリモートセンシングデータや AI などを用い、既設ダム上流域の「包蔵水量」(雪として蓄えられている水量)や融雪水量の推定を試みたテーマがある。得られた結果を積雪・融雪期の水資源管理の基礎データとすることを想定している。
実証プロジェクトに関わった日本工営(開発とりまとめ)、インフォアース(物理+AI のハイブリッドモデル構築)、守谷商会(衛星データ利用者、地域ゼネコン)の担当者に話を聞いた。


--もうすぐ春ですが、雪が溶けて川になって流れて行くと、どのようなことが起こりますか?

荒木:溶けて流れた雪はいったんダムに貯留され、多目的に利活用されます。寒冷地では、春から夏にかけての重要な水資源となっています。ただ、ダムの貯水量には上限がありますので、流入する融雪水が多い場合、放流を行って貯水余力を確保し、洪水に備える運用も必要になってきます。利水・防災はダムの重要な役割になります。

--水力発電はクリーンな電源として期待も大きいし、水田耕作では田植え時期に向け需要が高まりますね。

荒木:それぞれに要求と制約があり、それらを最大限満たすような運用が求められます。どれだけの融雪水が上流に存在するか、流域の包蔵水量はいかほどか、正確に把握したい理由がそこにあります。

中神:私どもは長野県の地域ゼネコンですが、春先から始まる工事の工程管理にも、融雪水の情報が使えるのではないかと期待しています。雪解け水の時期や量が分かれば、いつから工事をスタートできるかなど、護岸工事の計画立案などでおおいに助かります。

荒木:今回の実証プロジェクトは、衛星データを利用して、山間地にたまった雪の量と融雪水の量を推定するものです。物理モデルと AI を組み合わせたハイブリッド AI による試行で一定の成果が得られました。

秋山:こうした融雪水の情報はこれまで得られなかったものです。広く今回のプロジェクトの成果を知っていただくことで、新たなニーズを掘り起こせるのではないかと期待しています。

秋山氏、荒木氏


●積雪・圧雪・融雪の物理モデルを構築

--雪がどの程度積もっているかを示すのが「積雪深」ですね。単純に言えば、地面にものさしを立てておき、雪面の目盛りを読む、という方法ですよね。

荒木:そうです。そこから「包蔵水量」や「融雪水量」を得るには、あと2つの数値が必要で、そのひとつが「積雪範囲」。広範囲のデータを一気に取得できるのが衛星観測の強みであり、今回の実証プロジェクトの核となっている部分です。

--積雪深(高さ)× 積雪範囲(面積)で、体積が求められる。かんたんな算数ですね。ではもうひとつの数値は?

荒木:雪の「密度」です。降ってきたばかりの雪はふわふわですが、時間がたつにつれ自重で沈んで行きます。温度変化により融解・再凍結する場合もある。新雪と、氷のようなザラメ雪とでは密度がひと桁違います。これも勘案する必要がある。

--雪の体積に密度を乗ずることで、水の量としてどれほどになるか導き出す、これも初歩の数学ですね。

邱 :今回の実証プロジェクトでは約 1500平方km のエリアを対象としています。これは長野市(約 830平方km)の約2倍にあたる広い範囲で、この中にはアメダス観測点が4点含まれています。

--全国に約 1,300点が配置された、気象庁のアメダスですね。「降水量、風向・風速、気温、日照時間の観測を自動的に行う」「雪の多い地方の約 320か所では、積雪の深さも観測する」と説明されています。

邱 :さらに気象レーダーで取得された、時間ごとの降水量のデータも利用します。レーダーですので、対象エリアを面的にカバーするものです。こうした観測データが「物理モデル」の構築に重要な役割を果たします。

--物理モデル、ですか。算数や数学より難易度が高そうですが?

荒木:雪が積もるのも溶けるのも物理現象ですから。気温の変化や日射によって、積雪深や積雪密度は変化します。その場所が谷あいなのか山肌なのか、斜面は南向きか北向きか、すべてが影響してきます。対象となるエリアを 250 m メッシュに区切り、メッシュごとに降水量や温度や日射などを与えることで、降雪、圧雪、融解などの現象を再現し、積雪深や積雪密度、融雪水量などを推定していくわけです。

--かなり複雑な計算が必要なようです。物理モデルとは「計算式のおばけ」みたいなものでしょうか?

邱 :はい、かなり大規模なものになります。計算プログラムを作って終わりではなく、計算式の様々なパラメーターを調整し、モデルとしての精度を高めるチューニングが必要です。アメダスの観測データという「正解データ」があるため、計算結果がそこに近づくようモデルのチューニングを繰り返します。

--調整して計算し、照らし合わせては、また調整。それをひたすら繰り返す?

邱 :それしか方法がありません。しかも基本、人力です。物理モデルが大規模なので、計算時間もかかります。つまり、たいへんにコストのかかる仕事です。

荒木:このように完成した物理モデルを使い、気温・降水量などの情報から積雪深・密度を表す分布図を、2015年秋から 2018年春までの3シーズン分にわたって作成しました。約 450日分、1時間ごとのデータですので、約1万セットになります。

--膨大な量ですね。

邱 :これを「教師データ」として AI に学習させました。画像認識などで実績を上げているディープラーニングの一手法「ResNet CNN」(注1)を使っています。

(注1)
「ResNet CNN」とは Microsoft社の Kaiming He のグループにより提案され、2015年の ILSVRC で優勝した CNNモデルです。それまでの CNNモデルでは層を深くしすぎると性能が落ちるという問題がありましたが、ResNet CNN は超多層のネットワークを実現できます。
畳み込みニューラルネットワーク(CNN)とは、ディープニューラルネットワークの1種であり、AI が画像・動画認識などを行うための代表的な手法です。

--ざっくり学校に例えると、入学してきたまっさらの生徒さんに、分厚い教科書をポンと渡して「これで勉強してね」、という感じでしょうか?

邱 :そうですね。AI は独学でどんどんレベルアップしてくれる生徒さんだといえますね。大事なのは良質な学習データを大量に与える、ということです。物理モデルがなければ、これほど「立派な教科書」は作れませんでした。

--物理モデルで作った積雪深分布マップから、包蔵水量や融雪水量を推定することもできるのですよね?

邱 :可能ですが、規模が大きく計算に時間がかってしまいます。物理モデルと比較したときの AI の強みは、まず計算時間が速いということ。物理モデルでは計算量が多く、たいへん重い処理となってしまいますが、AI は学習を通して与えられたデータセットから結果を推定する道筋を見つけます。
また物理モデルの計算に日射量や風速の分布など普段入手しにくいデータも多く必要になりますが、AI はより少ない、入手しやすいデータで結果を出せるのも魅力の一つです。

AI・物理モデルのハイブリッド手法 モデル構成図

--今回の実証プロジェクトでいうと?

荒木:衛星データになりますね。NASA の「Terra/Aqua 衛星」に搭載された多波長の光学センサ「MODIS」や、「しきさい(GCOM-C)」に搭載されている多波長光学放射計「SGLI」の観測データから導き出した積雪分布マップ約 2600シーン分を一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構から提供いただき、教師データとして使用しました。将来的にエリアを拡大・横展開していくためにも、このような機械学習と AI を使ったハイブリッド手法は有効と思います。

邱 :AI の精度を決めるのは学習データの量と質であり、そのどちらもが必要です。そのような学習データを用意できないがために、AI を導入できないケースが世の中にはたくさんあると考えています。
「物理モデルと衛星データを活用し、積雪深マップを作ることができた」ということと同時に、物理モデル+AI のハイブリッドモデルを構築する一手法を見出したという点でも、今回の実証プロジェクトでは大きな収穫があったと思っています。

邱氏と中神氏

--「成果を知っていただくことで、新たなニーズの掘り起こしにつなげたい」とのことですが、どんなユーザーや用途が想定できますか?

中神:冒頭に申し上げたような河川の護岸工事の計画のほか、融雪時期の土砂災害の危険性評価なども助かります。また、ゴルフ場やスキー場など観光施設への情報提供にも利用できるのではないかと考えています。現場レベルでいうと、天気予報などと同様に「うちの現場ではどうなのか」というピンポイントの情報が得られると、さらに価値は高まると思っています。公共セクターにおいても、道路除雪への応用、ダム運用、発電所の運転判断などのニーズがヒアリングからは上がってきていますし、変わったところではぶどう農家さんからも興味を示していただいています。

--ぶどう農家さんが?

中神:雪に長く覆われていたぶどう畑は、氷点下の寒さから木の根が守られており、豊作が期待できるんだそうです。

衛星データの取得から利用者への情報提供の流れ

秋山:もちろん今後に向けた課題もはっきりしてきました。さらなる精度向上のために、実フィールドをお借りしてレーザーによる積雪深計測データなどを利用することも検討したい。衛星観測データで、雲に覆われる領域の処理の問題も残ります。さらに高頻度の観測データが得られれば、モデルの精度や信頼性はさらに向上するはずです。
今年の冬は残念ながら積雪が少なく、モデルの検証を十分には行うことができませんでしたが、実証プロジェクトで得られた成果をベースに、ビジネスモデルの検討も含め、さらに前に進めていきたいと思います。

インタビュアー: 科学技術ライター 喜多 充成


取材協力(敬称略)
日本工営株式会社 基盤技術事業部 統合情報技術部 部長 秋山 成央
                         課長補佐 荒木 健
株式会社守谷商会 土木事業本部 副本部長 中神 智行
インフォアース株式会社 代表取締役社長 邱 騁