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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第22回

世界初!「光通信×イーサネット」による宇宙-地上間通信
宇宙航空研究開発機構 澤田 弘崇
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 岩本 匡平

2020年3月5日、国際宇宙ステーション(ISS)と地上局の間(約1000㎞)で、双方向の光通信リンクが確立。さらに同3月11日にイーサネット経由でHD画像データの伝送に成功した。
 この実験は株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)とJAXAらによるもの。小型衛星用光通信機器がイーサネットによる双方向通信を実現したのは「世界初」という快挙だ。両者は第4回宇宙開発利用大賞・内閣総理大臣賞を受賞。この実験により得られた成果と未来について、JAXA澤田弘崇氏とソニーCSLの岩本匡平氏に聞いた。

(c)JAXA

--この実験成功について、どんなところが凄いのかお話いただけますか?

澤田:まずはソニーCSLさんの技術を使って宇宙-地上間の双方向光通信リンクを確立したこと。具体的には国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに設置した小型光通信実験装置「SOLISS」と情報通信研究機構の宇宙光通信センター内光地上局(口径1.5mの望遠鏡)との間で双方向の光通信を行いました。民生の技術を使って光通信の宇宙実証ができたことには非常に大きい意義があります。そして個人的には、イーサネットによる双方向通信ができたことを強調したいと思います。

--イーサネットは世界中のオフィスや家庭で一般的に使われているLAN(ローカルエリアネットワーク)で、最も使われている規格ですよね。

澤田:はい。世の中で汎用的に使われている技術です。今まで衛星と地上が通信するには1対1で非常に大掛かりな装置が必要でした。でも地上で私達がインターネットを使うときには、ルータやハブなどをつないでネットワークが組まれていることなど意識しませんよね。地上で使われている規格でそのまま通信できるようになることは、ユーザから見ると、宇宙にネットワークが繋がっていると意識せず、普通に光通信を使えることになる。将来この技術が世界に広まる観点からすると、その一歩目として大きなことだと思います。

ISS「きぼう」日本実験棟の船外に置いた「SOLISS」と情報通信研究機構(NICT)光地上局

--そもそもこのプロジェクトがJAXAとソニーCSLで始まった経緯は?

澤田:JAXAに宇宙探査イノベーションハブという組織が2015年に発足しました。今まで宇宙に接点がなかった企業を巻き込んで共同研究を実施し、JAXAはその技術を宇宙探査に使い、企業は地上で事業展開できるようにする。つまり共同研究の成果を宇宙にも地上にも両方活かす、デュアルユーティライゼーションを目標にしています。光通信技術についてソニーさんから提案をされた内容が斬新だということで、2016年からJAXAと基礎的な研究開発をスタートさせました。

 その一方で、ISS(国際宇宙ステーション)の「きぼう」日本実験棟を有償で利用できる制度があります。それを使えば早期に宇宙で実験ができる。宇宙での実証までやりましょうと2017年にソニーCSLさんと共同で宇宙実証用の装置「SOLISS」の開発をスタートさせました。

●CDのピックアップ技術を宇宙―地上間で使おう!

--ソニーCSLはなぜ宇宙での光通信について宇宙探査イノベーションハブに応募されたのですか?

岩本:人工衛星が小型化している宇宙開発のトレンドを、面白いなと思って見ていました。宇宙開発が凄く近いところまで来ているという印象を持ったのですが、ちょっと変だなと思うところもありました。

--どんな点が?

岩本:大型の静止衛星になると、15年ぐらいの運用期間を想定して5年くらいかけて開発する。そうなると今、宇宙で使われているものは20年前の技術となります。地上で20年前の技術を使っているものはほとんどありません。宇宙開発の進め方は地上でのそれとは大きく違う、ということが最初の印象でした。特に、通信に関して考えると、日常の生活ではスマホでリアルタイムに色々な情報を拾ってきます。しかし宇宙開発はそうではありません。低軌道の人工衛星は通信できる機会が限られていて、例えば人工衛星が撮影した画像をリアルタイムで見られるわけではないのです。

--宇宙は最先端の印象があるが、実際はかなり前の技術を使っていると。

岩本:はい。そこで低軌道の衛星システムをインターネットにつなげてリアルタイム化することで、地上で我々が日々利用しているサービスと同じように宇宙を使うことができるようになるのではないかと考えました。これまでの宇宙空間での通信は電波が主流ですが、これは大きなパワーが必要になり、小型衛星で大容量化は難しい。私は元々レーザー通信が専門で、光ディスクの技術を知っていたので、もしかしたら宇宙で光ディスク技術を活用したレーザー、つまり光通信が小型衛星に使えるかもしれないとJAXAさんに相談に行ったのです。

--1980年代から続いている、CDプレーヤーのピックアップ技術が光通信に使われたという事ですが、ご説明頂けますか?

岩本:CDはレーザーで盤面のデータを読んでいます。盤面は回転によって振動しますが、その振動を精密に追従して、レーザーを照射し、ディスクからの反射光をみています。ブルーレイディスクの場合は溝を切るピッチが300ナノメーターぐらいでその溝を確実に追従するためにレンズが微少量動作しています。ディスクとレンズの間は1㎜程度しか離れていませんが、1㎜先の300ナノメーターの溝を確実に追いかける技術をスケールアップすれば、1000㎞離れた宇宙から地上の1.5mアンテナを追いかけられるのではないか。もちろん宇宙空間の熱や真空などの問題は実験しないとわからないですが、原理的には大丈夫であろうと考えました。ディスク技術による光通信が宇宙で本当に成立する世界なのか、確認したいと思ったのがきっかけです。

--なるほど。では実験の詳細について教えて下さい。SOLISSの光通信実験でJAXAとソニーCSLの役割分担は?

澤田:ソニーCSLさんはSOLISSの核となるところ、光通信が成立するためのシステムや運用計画を担当され、JAXAは地球にレーザーをある精度で向けるためのジンバル機構の開発、宇宙で動いていることを確認するためのモニタカメラを開発し、装置全体を組み上げて試験を行うところを担当しました。

--ジンバル機構とは狙ったところにきちんとレーザーを向ける装置ということですか?

澤田:はい。光通信はレーザーを使うので、高精度に地上のアンテナを狙う必要がありますが、2段階で狙います。まずはJAXAが開発したジンバル機構で地上局を追尾する。ただしジンバルでは向けられる精度に限界があります。さらに高精度に狙うところはソニーCSLさんの光ディスクの技術を使います。

●120点の成功

--実験はいつから行われましたか?

岩本:SOLISSは日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」8号機で2019年9月25日に種子島から打ち上げられ、ISS到着後速やかに「きぼう」の船外プラットフォームに設置されました。パラメーターを調整し毎週1回程度通信試験を行って、10月25日には光地上局への光ダウンリンクの確立を確認し、2020年3月5日にはSOLISSと光地上局との間で双方向光通信リンクの確立に成功したことを確認しました。そして3月11日にはSOLISSから100Mbpsのイーサネットによる通信で、HD画像を光地上局で受信することに成功しました。

--当初計画されていたミッションクライテリアからすると達成度は?

澤田:120点です。イーサネットによる双方向通信はエクストラサクセスでしたから。

--地上局との間で双方向の光通信ができた段階から、イーサネットによる通信を行うのは技術的にジャンプがあるのですか?

岩本:はい。イーサネット通信を確立するには、レーザーで地上局とSOLISSを安定的に接続しないといけません。たとえばケーブルでインターネットに一瞬だけつないでも画像を送ったりできず、それなりの時間にわたって安定的にリンクを確立しないとデータ通信はできません。今回は画像を何十枚も送ることができました。

--宇宙環境で実験するにあたり、どんなところを心配していましたか?

岩本:今回は既に弊社が量産している製品の技術で光通信を構成したいと考えました。しかし、宇宙空間は地上よりもはるかに過酷な環境なので、宇宙で正常な動作ができるかはやはり心配でした。地上と宇宙では真空や温度変化など環境が違う点があります。問題を解析して動くようにするのがなかなか難しかったですが、高温状態でプロセッサが止まる事象への対処など地上試験で一つ一つ調べていきました。また宇宙空間の昼と夜の温度変化でレンズが入っている金属の床がゆがむ可能性もありました。これは光通信を狙った方向に飛ばすためには対処すべき大切な問題ですが、実際にどこまで曲がるのか、曲がったらどこまで影響するのかは、シミュレーションや地上実験を重ねても、実際にやってみないとわからない。ただ、今のところ宇宙実験で問題は起こっていません。またレーザーを追尾する小さなレンズが、ロケットの打ち上げの振動や衝撃で壊れることを心配していましたが、大丈夫でした。弊社のCDプレイヤーは世界中に向けて販売されており、色々な環境で使えるように作られているという事は知っていましたが、宇宙という非常に過酷な環境でもそのまま使用できるというのは意外でした。

●一番乗りの意味―激化する宇宙光通信競争

--SOLISSの売りはなんでしょう?

岩本:まず、レーザーの指向性が高いために消費電力が少なく、小型であること。また量産技術によって構成していることです。今までは、宇宙で使用するシステムやデバイスは特注で開発、生産することが多いです。しかし現在では、世界中で数千機もの小型衛星を打ち上げて通信や観測ネットワークを構築する、衛星コンステレーション計画が掲げられています。今後多くの小型衛星の光通信で機器を使っていくときには量産技術が必要です。

--なるほど、ソニーさんは1980年代から光ディスクのレーザー精密指向技術があり。今もプレイステーション4で使われていますものね。今回の成功についてのご感想は?

岩本:目指していたところはそこまで間違っていなかったと考えています。実は早く技術実証をしたいとJAXAさんにお願いをして、2017年後半から宇宙での実証実験を目指してフライトモデルを1年半で作って打ち上げました。宇宙の光通信への期待は大きく、欧米を中心に競争が激しくなっているからです。でも民間で宇宙実証しているところはありません。一番乗りすべきだと無理を承知でJAXAさんにお願いしました。

--そして一番乗りを実現したわけですね。今後は?

岩本:一番乗りのアドバンテージは一時的なものだと思っています。今回は基礎的な技術検証として100Mbpsを目標としましたが、ビジネスで通信を行うなら、ビットレートを上げていく必要があります。また、ISSと地上間だけでなく、人工衛星と地上との通信や衛星間通信の実証をやっていきたいです。

--澤田さんは小惑星探査機「はやぶさ2」や火星衛星からのサンプルリターンを狙う火星衛星探査計画「MMX」も担当されていますが、今回の光通信実験の成果や今後への期待は?

澤田:SOLISSでジンバル機構を開発する際に、民生技術をベースに角度を測るセンサーを短い期間で実証できました。また、モニタカメラとして地上用の全天球カメラ技術を使って非常に素晴らしいカメラを宇宙で実証することができました。今後の宇宙探査に使える成果です。光通信については現在、衛星や探査機の通信は電磁波を使っていますが、民間の宇宙ビジネスでも電磁波を使っていて使える周波数帯がどんどん狭くなっています。その点から大容量でデータを送ることができる光通信への期待があります。月探査で光通信を行うとなると距離が遠くレーザーが広がってしまうなど、まだまだ課題がありますが、まずは静止衛星との通信を目指し、ステップアップして将来の探査ミッションに応用できることを期待しています。

光ディスクの1mm以下の範囲で使われる精密技術が、宇宙―地上間の壮大な世界で通用するという発想とそれを短期間で実現したテクノロジーが素晴らしい。数多くの小型衛星群に活用され、衛星群とリアルタイムで通信できる姿を早く見てみたいと思う。

インタビュアー: ライター 林 公代

PROFILE
プロフィール

宇宙航空研究開発機構宇宙探査イノベーションハブ
主任研究開発員
澤田 弘崇
(さわだ ひろたか)

2004年に独立行政法人宇宙航空研究開発機構(現 国立研究開発法人)に入社。宇宙ロボティクスの研究開発を経て、2008年より探査機開発に関わる。2011年より小惑星探査機「はやぶさ2」のサンプリング装置・分離、カメラの開発、打上げ・運用に従事。2015年より宇宙探査イノベーションハブの業務も担当。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所との共同研究に携わり、SOLISSのシステム設計、2軸ジンバル・モニタカメラの開発などを行う。



株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所宇宙光通信プロジェクトリーダー
岩本 匡平
(いわもと きょうへい)

ソニーCSLにおける衛星光通信プロジェクトのリーダー。高校生の時に背伸びをして読んだ専門誌で光コンピュータを知り衝撃を受けて、そのまま応用光学の分野で博士課程まで進学。学位取得後ソニーの研究所にて光学システムの研究を行う。機会を得てアメリカ西海岸での研究生活を送り、街中の一角で超小型衛星が製造されていることを知って衝撃を受けて帰国。2016年よりJAXA主幹研究開発員を兼任。パロアルト研究所客員研究員、ソニー(株)Distinguished Researcherを歴任。博士(工学)。

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