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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第23回

生産現場の課題解決から、世界の食卓を支える持続的な水産養殖業へ。
「水産養殖コンピュータモデル」
ウミトロン株式会社 藤原 謙

国連の持続可能な開発目標(SDGs)には、海洋資源の保全と利用が挙げられています。水産養殖は、魚という天然資源を持続させながら食卓を豊かにする魚食文化を守ることができるあらためて注目されている産業です。水産養殖に衛星データを活用し、食料問題と環境問題の解決に取り組むスタートアップ企業「ウミトロン」の藤原代表に伺いました。

--ウミトロンの衛星データを活用した水産業支援とはどのような事業でしょうか?

藤原:魚を育てて食べる水産養殖業という一次産業は、現在グローバル的に非常に注目されている産業です。アジアを中心として、所得が増えて動物性タンパク質を食べたいという人が増え、魚食ブームが起きて魚の消費量が世界で伸びています。一方で、天然の魚の漁獲量はこの20~30年ほど停滞していて、資源量は限界に来ているのではないかという意見もあります。養殖業は魚の需要の伸びを支える供給源になっているわけです。私たちは、2016年に創業して、水産養殖に特化したデータ事業をはじめました。現場の生産者の課題解決を目指し、日々の生産活動に必要な海況情報が得られる衛星データを活用しています。

衛星データを元に、私たちは「UMITRONPULSE(ウミトロンパルス)」という海洋環境モニタリングサービスを提供しています。過去5日間のデータと48時間後までの予測を知ることができ、データに基づいて給餌量を決められます。たとえば「明日は酸素量が下がるので、今日は餌を控えよう」という利用法です。

ほかに、「UMITRON CELL(ウミトロン セル)」というスマートフォン・クラウドを活用した生簀の遠隔餌やり管理が可能な水産養殖向けスマート自動給餌機もあります。

養殖向け海洋情報サービス「UMITRON PULSE」のサービス画面

養殖向け海洋情報サービス「UMITRON PULSE」のサービス画面
*養殖生産に使えるよう、沿岸域の海洋環境情報を提供しています

--衛星データは、養殖業にとってどのような効果があるのでしょうか?

藤原:従来は海のデータを得るためには、観測ブイというハードウェアの設置が必要でした。信頼できる装置ですが高価なうえ、定期的に付着物を取り除いたりセンサーのメンテナンスを行ったりと非常に手間がかかります。また、設置した場所の周辺「点」のデータになるという面もあります。海は、毎日2回、満ち引きがあって潮が入れ替わり、海流がダイナミックに動いていて、環境が変わりやすい世界です。観測ブイの点のデータですと、広いエリアでこれから起きることを予測するには限界がある。このことから、広域の情報が得られる衛星データに大きなメリットがあるのです。

--現在、利用している衛星と、そのデータからどのような情報が得られるのですか?

衛星データのソースとして、日本ではJAXAが運用する気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C)」や、欧州コペルニクス計画というデータ配布プラットフォームのものを使っています。養殖業に関係する代表的な衛星データには、「水温」、「クロロフィル(植物プランクトン量)」、「懸濁物質(濁り)」の3つがあります。水温は、魚の活性(餌の食べ方)に影響します。魚は変温動物で外部の水温環境によって大きく左右されますから、水温が大きく変化すると餌を食べなくなります。そこで、水温データを元にどんなタイミングでどの程度の餌を与えるかということをしっかり把握しないと生育の最適化ができないのです。

2番目のクロロフィルは、赤潮による魚の斃死(へいし)など、養殖業のリスク分析に大きく影響する重要なパラメータです。最後の水の濁りは、餌やりに大きく影響します。たとえば河川からの土砂が海に流れ込んで水が濁ると、マグロは網に衝突して大量死してしまうといったことが起きます。これも健康状態やリスク低減に関係する部分ですね。

--懸濁物質というと、台風の後に川から流れ込んでくる河川水の影響がありますね。だとすると、養殖業は河口から離れた沖合で操業したほうが魚にとって良いのでしょうか?

藤原:魚にとっては、沖合のほうがよい生育環境だといえます。潮通しがよく病気になりにくい、生育が早いなどの良さがあります。ただし、波が高い、生育設備の設置にコストがかかるなど、人間にとっては難しい環境です。現在、養殖業が行われている場所は、どうしても人間のオペレーションがしやすいところになります。遠隔操作の技術が進み、海洋構造物の技術が高度化していけば、沖合に出やすくなりますね。

--ウミトロンのIoT自動給餌装置には、餌量の最適化に加えてオペレーションの効率化という面がありますね。

藤原:短期的には、自動給餌装置を導入することで、1日目から人の作業の手間が減るという、生産者にとって見えやすい効果があります。餌やりのために船を出す必要がなくなりますし、生育管理のために現場に行く作業を減らすことができます。さらに、長期的にはムダ餌をなくして効率化でき、餌やりの自由度が上がるという効果があります。これが生育スピードを早めることにつながるのです。従来の生育方法ですと、人が現場に行かなくてはならないということが障壁となって最適化できない部分があります。遠隔操作ならば、いつでも、どこでも餌やりができるわけですから、魚の成長を加速させるという効果があります。

また、消費者にとっては、美味しい魚を安く買えるようになります。養殖魚のよいところは品質が安定していることです。天然物は旬の時期は美味しいのですが、季節をはずすと痩せて美味しくなくなります。養殖魚は通年出荷ができて、安定した品質で提供できます。また、何を食べて育ったかトレースすることができますから、安全性という観点でも優れています。これは消費者の方にもっと伝えたい価値ですね。

AI自動給餌機「UMITRON CELL」

AI自動給餌機「UMITRON CELL」
*遠隔操作やデータ解析により魚の餌やりを最適化します

--現在、対応されている代表的な魚種はどのようなものでしょうか?

藤原:魚種では、マグロやブリ、タイ、サーモン、サバなどがあります。愛媛県が力を入れているスマという新しい魚種も手掛けたことがあります。マグロとカツオの中間ほどの大きさで、「全身がトロ」といわれ、これまであまり養殖されていなかった魚です。

従来は新しい魚種の生育方法を蓄積するには、手作業や個人の経験を元にした方法しかなく、10~20年もかかっていました。しかし気象条件は毎年変化しますし、魚の様子を見る機会は限られています。遠隔でデータをとりながら生産すれば、新しい魚種の生育ノウハウを非常に早く蓄積できます。

データを元にした生産方法は、常に魚の状況、餌の量、環境データを蓄積することができます。1年目から養殖化ができる点は大きなメリットだと思いますね。「今年はサンマが獲れない」といわれるように、天然の魚が獲れなくなりつつある状況で、他国にはない日本の特徴である「多くの種類の魚を食べる」という食文化を守り、新しい魚種を養殖化して安定供給できるようにする、これがウミトロンのテクノロジーが活用できるところだと思います。多くの生産者と協力して事業を進めています。

――養殖の餌にはどのようなものが使われていますか? また餌の供給にもウミトロンの事業が関わる部分はありますか?

藤原:原料の半分程度は「魚粉」と呼ばれるイワシなど小魚の乾燥粉末です。さらに魚粉に代わって、代替飼料の開発が進んでいる状況で、微細藻類をつかったもの、単細胞生物の培養、昆虫といった新しい餌が登場してきました。餌に天然魚を使わない養殖を実現できる可能性があるため、ウミトロンでも大いに期待している技術です。そこで、現場で育て方のサポートを目指しています。例えば餌の成分が変わったり、代替タンパクを取り入れた飼料になると、餌やりのタイミングなど育て方も変化します。

水産飼料の開発について順を追って説明しますと、まず飼料メーカーが新しい配合や成分の飼料を作ります。実際に魚が育つかどうかは環境要因が大きいため、新しい飼料サンプルを生産現場でテストすることになります。これが実は、サンプルを使う生産者の技量次第で結果が代わってきてしまうのですね。上手な人が育てれば美味しく育てることができ、同じ飼料でも下手な人だとうまくいかない、ということが起きるので、新しい餌の効果が計測しにくいのです。そこで自動給餌装置と生育環境データを組み合わると、どの餌ならばどのように育つかというデータが蓄積できます。新しい試料に合わせたデータを早く蓄積でき、さらに情報を共有して多くの養殖場に広げていくことができるわけです。

――衛星データは、現在の養殖業の最適化だけでなく新しい水産養殖の技術を作ることにもつながるのですね。

藤原:養殖業は非常に注目されている産業ですが、実は利用が進んでいない領域があります。現在は人が操業しやすい沿岸域が中心ですが、世界全体の養殖業をもう少し沖合まで広げることができれば、現在の世界の天然漁獲高の100倍近い量の魚を養殖で生み出すポテンシャルを持っているという研究があります。2017年にカリフォルニア大学の研究者が発表したものです。この成長を支えることができれば、食糧問題にデータを使った解決を提示していくことができます。

水産養殖を成長させるには、海のデータを精緻に把握すること、また人が毎日海に出て管理するのではなく、遠隔操作で生育を行って操業の負担を軽減するという、2つの技術が必要になります。1番目の海の環境モニタリングのためには衛星リモートセンシングがあり、2番目の遠隔生育のためにはどこからでも魚に餌をやることができる自動給餌装置があります。

――日本は養殖業が盛んだと思っていました。まだ使われていない領域があるのですね。

藤原:養殖に使われていない領域は、日本でもまだ多くあります。衛星データを利用すれば、どの領域がどのような魚種を育てるために適正なエリアで、エリアの広さはどの程度広がっているか、という情報が得られます。過去にさかのぼって長期的なデータを得ることもできますし、海況の変化を長期的に分析し、「ここではこういった魚種を育てられる」といった予測を立てることができます。養殖場の適切な運営や、事前の環境評価、適正な生育量などをきちんとフレームワークを作って議論すべき、という機運は養殖業界で高まってきています。衛星データは俯瞰的で長期的なデータの蓄積があり、その活用が注目されているわけです。

養殖業の拡大というのはここ2年ほどで急速に立ち上がってきた大きなトピックです。海外でも養殖業は伸びていますが、日本では2018年に70年ぶりとなる漁業法の大きな改正がありました。これは農業でいうところの耕作放棄地のような、利用されていないエリアが日本の養殖業の課題のひとつになってきたという背景があります。さらに2020年に入って、水産庁が養殖業の成長産業化を目標に打ち出していて、2030年までに輸出量を10倍、養殖生産量を2倍にするという目標を掲げています。そこで、生産の課題解決という当初の事業目標に加えて、養殖の生産量を増やすことがウミトロンの目標に入ってきたわけです。

――成長を目指す養殖業は、これからどのように変化していくと思いますか?

藤原:養殖業は、大きく変化しつつある産業です。ですが、畜産業のように過去に大きな変化を経験した産業と比べると、まだ始まったばかりの産業なんですね。例えば養鶏業の場合、技術革新があったのは100年も前のことです。生育のスピード、効率が大きく変化し、系統管理のもとで品種改良が行われるようになりました。一方で魚は天然資源に依存していたため、養殖の技術開発はそれほど積極的に進められていなかったのです。ようやく完全養殖という、稚魚の生産から品種改良までやっていく流れが出てきたので、生育に適した魚を効率的に早く育てるにはどうしたらよいか、生産技術の発展が、今まさに起きてきていると考えています。
これについて、変化はそれなりに早く訪れると思っており、現在、養殖業は生産量がどんどん伸びている状況ですが、生産量を上げるために初期投資が必要になります。設備投資の予測は、毎年数兆円規模になるという市場予測があります。インフラ投資は海洋情報や通信インフラにも使われると思っていますし、新しい養殖業の中には衛星データや通信が欠かせないものになるでしょう。今後はデータのインフラとしての海洋観測衛星が増えていってほしいですし、実際に拡大する分野だと思いますね。

――そうした変化に対して生産者方の反応はいかがでしょうか? シンガポールでも事業を展開されていますが、日本と海外の違いは?

藤原:日本での養殖生産量が近年は横ばいだったため、日本の生産者さんはどちらかというと事業拡大よりもオペレーションの改善、つまり労力やコストの削減にシビアに取り組んでいると思います。海外はどちらかというと増産に対する意識が高いと思います。

とはいえ、日本もこれから大きく変わると思います。日本の養殖業では若手の経営者が増え、データを熱心に活用したり、事業の拡大を志向する方も増えています。最近では異業種からの参入も増えてきていますね。

――若手の生産者さんにとって、データに基づいた養殖業は魅力的なのでしょうか?

藤原:養殖生産は経営の要素が強く、若い担い手にとって面白い要素がたくさんある分野です。獲る漁業はどうしてもその日獲れたかどうかに影響されてしまいますが、養殖業は会社経営の感覚に近いと思います。ものづくりという側面もありますし、餌や原料、コスト管理やブランディング、マーケティングなどの要素もあります。

ウミトロン株式会社 藤原 謙氏

――衛星データを使ったリスク管理の技術はどうでしょうか? たとえばクロロフィル量から赤潮を判別して、衛星データを元に赤潮警報を出すといったことは可能になりますか?

藤原:クロロフィル量は私たちも提供している情報のひとつですが、それだけで赤潮を判別できるわけではありません。プランクトンの量によって異なりますし、衛星観測だけでなく沿岸域の直接観測との組み合わせが必要になります。今後の研究開発のテーマですね。

一方で赤潮観測に衛星データを使えば、外洋から来る潮の流れなど大きな変化を捉えやすいという特徴があります。湾内など沿岸に近いところでは、直接観測が必要ですから、データを融合させる必要があります。こうした用途に使える、沿岸観測に適した衛星はこれから増えてくると思いますね。高感度で、赤潮など海の色をスペクトル別に判定できる小型衛星も登場するのではないでしょうか。現在活躍している「しきさい」は高機能ですが1日2回程度の観測で、その時間に雲がかかると観測が難しくなります。多数の衛星によるコンステレーションの体制で、高頻度に観測ができると沿岸域モニタリングの力が増すでしょう。

現在は小型衛星にも海域向けに海色センサーの搭載を計画されるタイミングだと思っています。海の変化が何を意味しているかを分析するためには、専用のセンサーを積んでいる衛星が必要です。地球環境の研究テーマとしても、生物多様性の観点から浅瀬のプランクトン繁殖や、短いサイクルでプランクトンが取り込んだ二酸化炭素を海底に蓄積することによる二酸化炭素固定「ブルーカーボン」など、沿岸域は注目されつつあります。沿岸域の海色モニタリングの重要度が上がってこうした衛星が増えれば、赤潮や懸濁物質の観測など、養殖業にもメリットがあります。

さらに、通信インフラですね。現在は自動給餌装置との通信に携帯回線を使用しています。沿岸域は比較的、携帯回線が使える場合が多いのでコストはそれほど大きくありません。ただし、長期的には衛星通信の可能性があると思っています。沖合ではほかに通信手段がないので、いずれ養殖業にとっても自動化のために必要なインフラになってくるでしょう。

――そうした養殖業の変化に備える技術開発は、どのようなパートナーと進めていかれるのでしょうか? 大分県とも協業されていますね。

藤原:大分県は私の地元でもあるのですが、起業時に大分県農林水産研究指導センターに思い切って新しい取り組みを相談しに行ったことから、協力関係が始まりました。大分県には山、海、川、さまざまな一次産業が集約されているという魅力があって、実証フィールドとして恵まれています。海では、ブリ養殖を中心として養殖業がさかんですし、陸では米や麦、みかん、オリーブなど農業生産物の幅が広いですね。一次産業のデータ利用実証に適していて、そこからの横展開もしやすいのです。

画像提供:ウミトロン株式会社
衛星データ利用は、現場といっしょに動かないと意味がなく、「こんなデータがあるので見てください」だけでは誰も使ってくれないので、実際に生産者と一緒に動きながら、衛星データを使った解決方法や問題点を考えていかないといけないのです。

データに基づいた課題解決を取り入れることができれば、水産養殖業はこれから非常に伸びていく分野です。海外でも魚の需要がどんどん伸びていますから、輸出も含めて、これから大きく成長すると思います。

インタビュアー: ライター 秋山 文野

PROFILE
プロフィール

ウミトロン株式会社
共同創業者/代表取締役
藤原 謙
(ふじわら けん)

2016年に水産養殖向けデータサービス会社ウミトロンを共同創業し、IoTと人工衛星による海洋モニタリング技術を活用した水産養殖向けサービスの開発に取組む。ウミトロン創業以前は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究開発エンジニアとして天文衛星や小惑星探査の国際プロジェクトに参画した他、三井物産株式会社では新事業開発に従事し、北米の農業ITへのベンチャー投資や事業展開を担当。2005年東京工業大学卒業、2008年同大学院機械宇宙システム専攻修了。2013年カリフォルニア大バークレー校ハースビジネススクールにて経営学修士。

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