第26回
人工土壌で地上と宇宙の課題解決をめざす
株式会社TOWING 西田宏平/岡村 鉄兵/沖 直人
火星にひとり取り残された宇宙飛行士を救出する映画『オデッセイ』(2015年米製作)では、主人公の持つ植物学の知識が異境でのサバイバルの鍵となっていました。食糧が潰(つい)えた居住施設内で、限られた資材から「土壌」を作り出し、ジャガイモ栽培に成功して救出まで命をつなぐことができたのです。
名古屋市のベンチャーである株式会社TOWING(トウイング)の将来ビジョンも、このストーリーに通じるものがあります。人工的に作り出した土壌「高機能ソイル」をビジネスの核に据え、「ベランダから宇宙へ」「家庭から火星へ」をキーワードに現代の農業が抱える課題解決と宇宙での農耕の実現について代表取締役の西田宏平氏に伺いました。
◆現地の材料で作れる、「高機能ソイル」
--作物は水耕栽培でも育てられますが、やはり土がいいのでしょうか?
西田:まさに現在、検討中なのですが、月や火星で植物栽培するとしたら、資源循環の観点から設計する必要があります。植物の残渣や宇宙滞在者の排泄物等を高効率に循環する為には土の栽培システムが優位に働く可能性があります。また、水耕栽培には作物の得手不得手があり、芋類は苦手だったりするので、土が有利になります。
--土壌の材料はどのようなものを使っているのですか?
西田:私たちの「高機能ソイル」は、多孔質担体に有機肥料と微生物を加えて作っています。多孔質担体とは、微生物のすみかとなる小さな凹凸のたくさんある素材のことです。月面であれば、月表面のレゴリスや植物の残渣の炭化物が候補となります。ここに成分を調整した有機肥料と土壌由来の微生物源を加え、温度・湿度等の条件を整え、約1か月で高性能の土壌が出来上がります。
--どのような点が高機能なのでしょうか?
西田:植物は「炭酸同化」と「窒素同化」の二本立てで成長します。前者は空気中の二酸化炭素を取り込む光合成のことです。ポイントは後者の「窒素同化」です。土壌機能により有機肥料をアンモニア(NH3)、亜硝酸態窒素(NO2)、主な栄養素として植物の根が吸収する硝酸態窒素(NO3)という順に分解されてはじめて、植物は窒素を成長に繋げることができます。土壌由来の微生物がアンモニアや亜硝酸の分解時に活発にはたらく環境をデザインして、有機肥料を利用して適切な量の硝酸態窒素が持続的に供給される点が「高機能」の意味の1つです。
--土壌が高機能だと炭酸同化も窒素同化もどんどん進み、植物が元気に早く育つということですか?
西田:そういうことです。ただ、足元を見渡してみると、世界的に見て土壌劣化は深刻な問題で、衰えた農地に良い土を運び込む「客土」が大掛かりに行われている例もあります。土壌そのものだけでなく、有機肥料を適切に使って良い土を作り出す技術やノウハウも同時に失われている点がさらに深刻です。
◆日本酒づくりに通じ、耕作放棄地の課題解決につながる
--担い手がいなくなり耕作放棄された田畑は、農山村の景観を変えてしまっていますね。
西田:そうした土地の生産力をもと通りに回復させるには、一般に3~5年がかかると言われていますが、それを1か月で可能にするのも高機能ソイルが目指すところです。
--それは画期的ですね。そこにはどういう秘密があるのでしょうか。
西田:高機能な土壌を作るには、日本酒づくりにも似た技術やノウハウが必要です。酒蔵の発酵槽の中では、酒米のデンプンを糖に変える微生物と、その糖をアルコールに変える微生物の両方がバランス良く働くことで日本酒が作られていて、このプロセスは「並行複醗酵」と呼ばれます。高機能ソイルも有機肥料や温度環境などを調整し、アンモニアから亜硝酸を作る微生物と、亜硝酸から硝酸態窒素を作る微生物、その他にも様々な微生物が、お互いに邪魔をせず働ける「並行複醗酵」の環境を作ってあげることで、植物の栄養分となる硝酸態窒素を効率よく作れるわけです。
--杜氏一家のご出身かと思うほどですが、なぜこのノウハウを?
西田:名古屋大学理学部の大学院で、地球環境科学を学びました。高野雅夫教授の指導のもと、水力や太陽光などでエネルギーの地産地消を行いつつ、持続可能な農業のありようを探る研究に関わっており、様々な分野を広く学びました。
◆人類の人口増加と生存圏拡大に備える技術
--大学院での研究が、農山村の地産地消ということですが、エネルギーの自給自足も加わるとなると宇宙船や宇宙基地とも似てきますね。
西田:広く言えばそうなります。とても大きな話になりますが、私たちTOWINGがめざすのは地球上の人口増加に対し、地上の農地の生産力を維持・増強しつつ、さらに遠い将来に向けては、人類が月や火星に生存圏を拡大して行くうえで不可欠の技術を開発・提供する、というものです。
--S-Booster2019では、そうしたコンセプトを「宙農(そらのう)」と名付けたプレゼンテーションで支持を集めスカパーJSAT賞を受賞されました。賞金50万円は何に使い、受賞は西田さんをどのようにブーストしましたか?
西田:賞金と手持ち資金と合わせて、2020年2月27日に株式会社TOWINGを設立しました。実は大学院卒業の際にも起業を検討していたのですが、そのときできなかったことが今回実現したわけです。さらに当時所属していた自動車部品メーカーでの社内起業も模索しましたが、総合的な判断から退社独立しての起業となりました。S-Boosterに背中を押してもらった格好です。
--所属していた会社との現在の関係は?
西田:関係は良好で、弊社に副業やプロボノで参画してくれているメンバーがいます。今日はその会社で新規事業の企画や、別のスタートアップでの活動経験もある沖直人さんにも同席してもらっています。
沖 :大企業での事業開発と、シード期のスタートアップでの事業開発、双方に携わらせて頂いた経験があります。大企業での経験もさることながら、スタートアップでの経験と、その時に頂いたご縁が今も生きています。TOWING創業時からアドバイスをくださる方々は、スタートアップ時代の関係者が多く、非常に感謝しております。
--岡村さんはどのような来歴なのですか?
岡村:もともとは西田と同じ大学の研究室に所属していました。現在はフルタイムでTOWINGに参加しています。高機能ソイル作製に関わる環境構築を担当しています。
西田:システムとハード両方のわかる先輩なので、本当に心強いです。さらに私の弟の西田亮也は、農学、材料工学、プログラミングなどに通じた大学院生で、やり投げの選手でもあります。この5名のメンバーで設立したTOWINGで、宇宙農業を牽引(Towing)していきたいと思っています。
◆S-Booster後、加速度を増し活動が拡大
--会社設立は2020年の2月末とのことでしたが、その後の活動は?
西田:大きいものでは、同年4月に「名古屋大学発学生ベンチャー」の称号を得たことです。地元での名大ブランドの信用は絶大で、金融機関をはじめとする企業とお話を進めていくうえで、とても大きな助けとなっています。また、これらを機にメディアへの登場やオンライン/オフラインでのピッチイベント、学生さん向けの講演などにもお声が多くかかるようになりました。そうしたイベントで知り合った企業や団体の方との共同プロジェクトもいくつか動き出しています。
--具体的にはどのような案件があるのですか?
西田:例えば都市内の屋上庭園や、コロナ禍で休耕中の農地の維持管理などに高機能ソイルを活用するプロジェクトです。土作りにかける手間や時間を節約しつつ生産力を高める狙いです。
--順調に足元を固めている状況のようですね。
西田:JAXAの宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)の事業化の促進に資する活動として進められている「SPACE FOODSPHERE」にも参加しています。「食の課題解決と未来構想の実現」を目指す、大企業やベンチャー企業、研究者など多数が参加するプログラムです。私たちは「食糧生産・資源・生態系」部門に加わっており、さまざまなジャンルの皆さんとの共創はとても勉強になり、刺激的でもあります。
日本から火星まで、高機能ソイルが活躍する将来を考えると楽しみである。
インタビュアー:喜多充成(科学技術ライター)
PROFILE
プロフィール
株式会社TOWING
代表取締役
西田宏平
(にしだ こうへい)
滋賀県甲賀市信楽町出身。名古屋大学大学院環境学研究科修了。自動車部品メーカにてモータ設計や新事業立上等に従事しながら副業として2020年2月に株式会社TOWINGを立ち上げ、同10月に独立。農家の祖父母の影響で農業に恩返ししたいという思いと、漫画『宇宙兄弟』のような月面基地で人々が暮らす世界を創りたいという想いが創業のきっかけ。
岡村 鉄兵
(おかむら てっぺい)
埼玉県日高市出身。名古屋大学大学院環境学研究科修了。環境学博士。農業用水力発電装置や太陽光発電装置の研究開発に携わっており、東南アジアやアフリカの未電化地域に同装置を現地に普及するプロジェクトを経験。TOWING社では開発担当を務める。
沖 直人
(おき なおと)
岐阜県岐阜市出身。名古屋工業大学工学部卒業。自動車部品メーカにてトライボロジー部品の設計や新事業立上、社内ベンチャー制度の立上等に従事しながら、スタートアップでの事業開発にも従事。TOWING社では戦略策定を務める。