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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第28回

「自治体の仕事は世界の縮図」をモットーに衛星利用にチャレンジする
福井県 村田 大志/
株式会社ネスティ 山西 康介/
富士通株式会社 齋藤 悠

2021年3月22日15時7分(日本時間)、カザフスタン共和国バイコヌール宇宙基地から、福井県民衛星「すいせん」が打ち上げられました。「すいせん」は質量約100kg、サイズが60x60x80cmの超小型衛星で、地上分解能2.5m/pixelのカメラを搭載。株式会社アクセルスペースの同型衛星3基と同時に打ち上げられ、所定の軌道への投入が確認されました。これまで例のなかった地方自治体主導の衛星は、今後どのような活用が考えられているのかを、福井県の村田氏を始めとする関係者の皆さんに伺いました。

◆自治体が衛星を所有し、運用する理由とは

--人工衛星って、高いイメージですよね?

村田:大きい衛星はとても高いと聞いています。普通だったらとても地方自治体が単独で所有するのは難しいと思います。

--それなのに福井県は、「県民衛星」を打ち上げようとしています。普通ではないことが起ころうとしていますね。

村田:東京大学の中須賀真一先生のご縁を通じ、量産型の超小型衛星に関わり、アクセルスペースさんのコンステレーションに加わる形で、自前の衛星を持つことになりました。

福井県民衛星「すいせん」(画像提供:福井県)

--アクセルスペースの衛星群が1棟のオフィスビルだとすれば、その1テナントとして入居する形でしょうか?

村田:その例えでいえば、アクセルスペースさんのコンステレーションが団地で、その敷地内の1棟まるごとが、福井県民衛星という位置づけです。同じ設計図から作られてはいますが、あくまで独立の構造物です。観測データについてはお互いにメリットのある形で融通しあうことになります。衛星の所有者も正確には、福井県と県内企業9社、そして富士通、アクセルスペースで設立した「福井県民衛星技術研究組合」ですが、公募で県花にちなんだ「すいせん」と名付けられましたから、県民による県民のための衛星であることに間違いはありません。

◆役所の仕事に衛星データを活用

村田:福井県に限らない話ですが、地方自治体は「行政事務」と呼ばれる多種多様な業務を担っています。そうしたごく普通の役所の仕事にこの衛星の観測データを活用しようとしています。

--「多種多様な普通の役所の仕事」と聞いても、一般的にはなかなかピンとは来ませんが、たとえばどのようなものがあるのでしょうか?

村田:たとえば森林の管理ですね。林地開発の許可は出したが、開発業者の工事がそのエリアをはみ出していたりはしないか。あるいは獣や盗伐による被害など、なるべく早く見つけて対策し、拡大を防ぎたい。マンパワーが限られる中、監視すべきエリアは広大です。
 現地調査するにも尾根の向こうは見渡せず、それをひとつ越えるのにもたいへんな回り道が必要だったりします。

--「里山の維持には、絶えず間伐し手をかけていく必要がある」と聞きますが、何も手をかけなければ故郷は荒廃してしまうだけなのですね...

村田:河川管理にしても同様です。絶えず上流から土砂が流出し、川幅の広いところで中州を形成します。季節によってその大きさは変動しますが、自然に任せたままでいいのか、人為的な撤去工事が必要なのかを見極めるには、中洲そのものだけでなく、上流域の変化についてもデータがほしいところです。

--そういう手段が、まったくなかったわけではないですよね?

村田:予算や人員が限られる中でも、実際に現地に出向いたり、ポイントを絞って調査したデータを分析し、業務に役立ててきたバックグラウンドがあります。限られたデータからも判断ができる、高いノウハウを持った人材がいるわけですね。森林、河川、港湾などの管理や、環境保全などそれぞれの分野に、その道のプロがいるわけです。

--そういう人たちのおかげで、「役所の普通の仕事」が回っているわけですね。

村田:衛星データ活用の道を探るため、県庁内のすべての部局にヒアリングを重ねてきましたが、現場のノウハウにいつも「ほーっ!」と唸らされ続けました。

--そこに、衛星による俯瞰的継続的な監視画像が加わるというわけですか?

村田:現場で仕事をする人に直接データが届くことで、現場で蓄積されてきたノウハウがより大きく活かせるようになります。現場で仕事をしなきゃいけない人の負担を大きく軽減することになると期待しています。私は常々「県の仕事は世界の縮図」と考えています。日本だろうが世界だろうが、行政機関がやるべき仕事は同じです。世界に先駆けて自分で衛星を持ち、そのデータを主体的に活用する自治体となるわけで、これは非常にやりがいのあるチャレンジだと思っています。

◆「恐竜」「遺跡」「名所」でも、衛星データが活用できる!?

--「さまざまある県庁の仕事」の他の事例も教えて下さい。

村田:はい。たとえば環境保全の分野なのですが、産廃処理事業者が廃棄物の埋め立てを行う際、ちゃんと申請したエリアを守っているかどうかを監視するという仕事も重要です。実は悪い前例がありまして、以前、敦賀市の最終処分場で申請された9万平方メートルに対し、119万平方メートルものエリアに埋め立てを行ってしまいました。このエリアを通過した雨水が河川を汚染しないよう、雨水浄化のために莫大な費用がかかっています。こうしたことを、なるべくリアルタイムに近いかたちで監視することは非常に意義があることですし、そうした監視が可能だと知られるようになれば「抑止力」にもつながります。

--福井県は「恐竜」も有名ですが、その分野ではどのようなものがありますか?

村田:化石発掘には地質図が重要です。何億年の歴史が記された地質図と、衛星からの新鮮な観測データや地形図を重ねることで、新たな発掘ポイントを見つけたい、という声もありました。またデータの統合はとても重要で、現在は紙ベースで行われている埋蔵遺跡の位置や発掘調査実施記録などをGIS(地理情報システム)に移行することで、土木部など他の部局とスムーズに共有できるようにしたいという希望もあります。衛星データの活用でそうした仕組みの実現を加速できればと考えています。

--衛星データを各部局の隅々に届けるとなると、相応に使いやすい仕組みも必要になりますが。

村田:実例でご説明しますと、福井の県木である松について松枯れの状況を現地調査しつつ衛星画像とも比較し、兆候を早めに発見できないかどうかを検討していきます。

名所「気比の松原」でのフィールド調査の様子(左:村田氏 右:山西氏)

山西:誰もがかんたんに操作できる「衛星画像利用システム」を構築しています。地図や航空測量データと重ねたり、過去のデータと比較したりできます。フィールドに持ち出したノートPCで参照することもできます。

衛星画像利用システム(左:他時期の衛星画像を並べて表示、右:航空測量データの閲覧)

齋藤:衛星観測ならではのデータ、たとえばNDVI* (Normalized Difference Vegetation Index:正規化植生指標)といった植物活性を示す指標なども合わせ、従来はできなかった広域を対象としたサーベイも可能になります。村田さんがおっしゃったとおり、「データを解釈するノウハウを持った現場に、直接データを届ける」ことが重要で、そのためのハードルを低くする「衛星画像利用システム」だと思っており、今後は使いながらの改善も重要と考えています。
*NDVI:作物の健康な生育状態を把握するために必要な指数。一般に近赤外のバンドと可視光赤バンドのデータを使用する。

九頭竜川での植物フィールド調査 右:齋藤氏(画像提供:福井県)

--まずは「すいせん」のファーストライト(最初の取得映像)を取得することが大事だと思いますが、いつ頃取得できる見込みですか?

村田:春のうちには、と期待しています。そのため、冬から早春が見頃となる越前海岸の水仙の群生地の宇宙からの画像は、残念ながら来年に持ち越しです。巨大な卵型の造形が特徴の恐竜博物館も、宇宙からなら容易にわかるでしょう。ファーストライトはいわばデビュー戦みたいなものなので、「福井県らしい場所」をどこにするか、鋭意検討中です。

取材:喜多充成(科学技術ライター)


取材協力
福井県 産業労働部 産業技術課 県民衛星グループ 企画主査 村田 大志
株式会社ネスティ 宇宙ビジネス推進グループ グループリーダ 山西 康介
富士通株式会社 コンピューティング事業本部
           科学ソリューション事業部 齋藤 悠

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