第31回
衛星データで災害対策から農業、環境投資まで後押し。
増え続けるリモートセンシングへの取り組みとは
国際航業株式会社 新井邦彦、虫明成生、佐藤真人、
大島香、戸田真理子
衛星からドローン、船舶による観測まで、リモートセンシングの解析技術で多彩な事業を展開する国際航業株式会社は、第4回宇宙開発利用大賞で農林水産大臣賞を受賞しました。衛星データを利用した農業支援サービスや台風接近時の緊迫した観測体制、持続可能な農業生産を助ける森林監視事業について、担当されている皆さんにうかがいました。
新井:私たちは、衛星はもとより、航空機、ヘリコプター、ドローン、船舶に搭載された様々なセンサーからの情報を解析しています。衛星関連ソリューションですと、光学からSAR(合成開口レーダ)まで、海外の商用衛星も含め、17種類ほどの衛星のセンサーを利用しています。最近ではアメリカのPlanetが100数十機以上の衛星を打ち上げ、日本の衛星ベンチャーも数多くの衛星打ち上げを開始していますので、利用の幅が広がってきています。弊社はおよそ2,000人規模の会社ですが、衛星データを始めとした各種地理空間情報の取得と解析を行っており、現在では数多くの事業で衛星の利活用が進んでいます。また、衛星データは広域を捉えることができ、現場に行くことが難しい途上国の支援にも活用することができます。
観測体制を整え、災害時にはリアルタイムで情報提供を行っています。保有している衛星画像だけではなく、航空機、ドローンなどの観測網をすべて活用して、政府への情報提供もしています。また、地盤沈下、シールドトンネルの監視や、水害の場合は浸水範囲や浸水の深さなどの情報を提供しています。
--日本では毎年のように台風や豪雨などの水害がありますね。災害時のリアルタイム観測は、どのように行われるのでしょうか?
新井:台風が迫っている場合を例に取りますと、現在、私たちは戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)においてSAR衛星のデータ解析を担当していますが、特に夜間は避難が難しいこともあり、国土交通省とSIPの元で防災科学技術研究所が事務局的な存在となって、衛星データ取得について、その対応を協議しています。
夜間になる前に観測の計画を決定し、2種類のSAR衛星(*ALOS-2、Sentinel-1)を組み合わせることで、最大で1日に4回程度、6時間おきに観測を実施することができます。
撮像からデータが手元に来るまでに1時間ほどかかるため、急いで衛星画像を解析し、観測から約2時間で政府にデータを提出するスケジュールで動きます。これが自治体の防災対策本部などに届けられるわけです。
*国際航業の取扱衛星一覧はこちら
--SAR衛星による水害の観測は、注目されている領域だと思いますが、どのような技術なのでしょうか?
虫明:SAR衛星のデータだけでは「この地域は何cm浸水しています」ということがわからないため、浸水被害の解析には、河川の氾濫予測などに基づいて実施した衛星による緊急観測のデータと3D地形図のDEM(数値標高モデル)を合わせて使います。SARデータから把握した浸水範囲における浸水面の標高とDEMを突き合わせて計算します。ある地域で浸水する可能性のある「くぼみの深さ」があらかじめDEMによってわかっていて、その場所に標高何mまで水が来ているから浸水の深さはどのくらい、というように算出するわけです。
また、SAR衛星は市街地の浸水範囲を把握しにくいという弱点があります。そこで、SNSに日々アップされる一般の方々の情報も合わせて利用しています。これらの情報と、独自に持つ航空写真データとSAR衛星のデータを合わせて知識を持った担当者が解析・判読しているわけです。複数の時期の観測データを突き合わせることもしますし、変化を高精細に捉えられる干渉処理を使うこともあります。
2020年には、熊本県の球磨川流域で「令和2年7月豪雨」による大きな被害がありました。この時は大規模な浸水が起き、報道を見て危険を感じていました。SIPの枠組みの中で活動することで、私たちが集めた情報である程度の被害を把握できたという実感がありました。衛星のデータ解析や判読も災害対応の経験を積み重ねることで、だんだんと浸水被害の状況レベルがわかるようになってきています。
--JAXAとの実証事業で、損害保険向けに解析したデータを提供されていますね。
虫明:日本損害保険協会(以下、「損保協会」)とJAXAとの実証事業で、私たちはALOS-2のデータの提供を受けて独自のデータを加えた上で推定浸水深付きデータを損保協会の会員会社向けに提供することになりました。火災保険(浸水)の契約ですと、浸水の深さによって損害の程度が決まるわけですが、私たちの解析結果は、早期の損害状況の確認、保険金の支払いに役立っています。
--災害時の緊急観測という、非常時の体制についてうかがいましたが、平時の活動のために、衛星データはどのように活用されているのでしょうか?
新井:第4回宇宙開発利用大賞「農林水産大臣賞」を受賞した営農支援サービス「天晴れ(あっぱれ)」というサービスを展開しておりまして、衛星画像を解析し、担い手の省力化や農作物の高品質化、高収量化の実現を目的とした収穫適期や追肥判断に活用できる情報を農業生産現場へお届けしています。現在は国内で1万ユーザ程度ですが、スマート農業の実証に役立ち、国外での利用も進みつつあります。
大島:これまで行政や企業相手が多かった私たちですが、「天晴れ」のサービスは農業生産者個々の顔が見えるような事業です。衛星とドローンの2種類のデータを使ったプラットフォームで、生育情報など農業に役立つ情報をクラウドで配信しています。
麦類、豆類など日本での自給率向上を目指している作物を中心に、北海道から九州まで活用が広がってきました。農業生産者から地域単位でご利用が可能です。「地域ブランド米を作ろう」「地域の収量を良くしよう」「担い手不足対策にしよう」などの個人や地域ごとの多様な目的に合わせて各地でご利用頂いております。
--今が収穫時です、といった作業提案もされるのでしょうか?
大島:実際に収穫前の圃場の見回りに「天晴れ」の解析結果を持参して同行して、生産者の方と生育状況や判断について協議することがあります。情報を提供するだけではなく定期的に生産現場とのコミュニケーションをとることは、今後の営農を支援するための参考となり、欠かせないものと感じています。
--「天晴れ」サービスの導入規模の目標はありますか?
大島:現在1万軒ほどのユーザ数ですが、10万軒の導入を目指しています。国内地域でのコミュニケーションツールとして活用する地域が増え、どこの圃場でどんな対策を立てるか、どの圃場にテコ入れするか、といった対策を考える材料にしていただけると嬉しいです。
スマート農業がうたわれる昨今ですが、まだアナログの部分が多いのが現状です。その中で多くの農業生産現場の方が最初に着手することが多いのが、農作業記録の情報化です。それまでは紙資料で管理・保存・共有していたことをシステムやアプリ上で行い、農業機関や団体内での情報共有を可能にしています。このような農作業記録システムの「Z-GIS(JA全農)」と「agri-note(ウォーターセル社)」と「天晴れ」はシステム連携環境を構築しています。営農支援サービス「天晴れ」の診断結果が、農作業記録のシステムやアプリ上で閲覧することが出来ます。連携機能を活用することで、診断結果の違いを営農記録と照合し検証しやすい環境を構築することが出来ました。このようなアプリを活用する事で、農業生産者同士が情報交換会や勉強会を開催する事に役立っています。地域間で情報共有して教えあうような文化を一緒に作っていければと考えています。
--内閣府で実施している「2020年度課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」に採択されたパーム油の生産に衛星データを利用される事業がありますね。これも、衛星データで収穫に適した時期などがわかるのでしょうか?
新井:パーム油生産支援事業は社会課題を解決するための各種計測監視サービス(マルチ・モニタリングサービス)というもので、例えば森林資源の違法伐採対策のため衛星から生産地を監視して、生産企業や商社へ情報を届けることでパーム油製品の価値を上げるための事業です。近年は、パーム油のようなコモディティ製品の調達にあたり、企業は「森林減少ゼロの達成」「生物多様性への配慮」といった認証を求めています。そのための情報を衛星から届けるわけです。
戸田:2020年のプロジェクトで採択されたのは、パプアニューギニアを拠点とするニューブリテンパームオイルリミテッド(NBPOL)というパーム油の生産企業と共同で行っているものです。衛星画像により農園周辺の高保護価値地域での森林減少・劣化のモニタリングシステムを開発するとともに、衛星画像およびドローンを使用し小規模農家を含む農園の営農支援を行うことで、持続可能な生産の包括的支援を目指すものです。
パプアニューギニアのパーム油生産企業は、生産コストの安いインドネシアやマレーシアと競争していくため、国際市場向けに持続可能性をブランド化し、特に欧州向けに打ち出していく戦略をとっています。ESG投資の評価にも繋がるため、ある程度はコストがかけられますし、保護対象の森林を徹底的にモニタリングするというニーズを持っています。
違法に伐採された部分の抽出は、機械学習を取り入れて完全に自動化し、影の影響なども加味して森林減少だけを抽出するようになっています。林縁から伐採されることが多いですが、特に森林内部の森林減少(下図の真ん中・緑色の樹木があった部分が茶色くなっている)を検出するには衛星を用いたモニタリングが有効です。
--機械学習は、さまざまな森林に適用できますね。
戸田:パプアニューギニアの場合、小規模農家が営農を始めることを目的として、保護価値の高い森林が伐採されることが多くあります。対処が遅れると、そこに家が建ってしまうなど、森林を回復することが難しくなるのが現状です。早く見つけて対処することが課題になっています。
同様のニーズを見据えた森林の環境モニタリングは世界で多くのサービスがあり、無料で低解像度のものから非常に高額で高精細なものまでさまざまです。精度が非常に高いものは、高精細すぎて木が1本倒れただけでも抽出されてしまう。無料と高額の中間を狙ったサービスが必要とされています。森林変化のアラートが出ると、現地企業が対応しなくてはならないため、あまり頻繁にアラートが出ても対応しきれないことがわかりました。そこで、欧州のSentinel衛星のデータを利用して、現在は1カ月に1回、雲なし画像を作って情報提供する程度にしています。将来はSAR衛星を使った検証もしていきたいと思っています。
--中程度の解像度のSentinel衛星を利用されているのは、コスト面の制約があるからでしょうか?
戸田:モニタリングはどの企業にとっても収益源ではないため、コストを要求することはかなり厳しいと感じます。森林のモニタリングは、まだ実サービスというより実証段階で、ニーズやモニタリングの頻度などを探っているところです。将来的には、日本の企業で森林減少(違法伐採)ゼロを目指している企業にも使ってほしいと考えています。モニタリングのニーズはありますので、ESG投資などが導入の後押しになってくると思います。
新井:ここ2~3年で、統計情報でわからないことや、環境系の情報を求めて金融分野からの引き合いも増えてきました。製造業からも利用したいという要望もあり、日本も衛星数が増え頻繁に撮像できる環境も整ってきているので、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)などの流れとも繋がっていくと思います。
私たちの業務は政府系衛星の利用に向けた仕様策定や解析などの面で繋がりがあります。今後は、衛星が取得したデータをいかに早く手元で見ることができるかという点で利用促進を期待したいです。ALOS(だいち)に続きALOS-2の衛星画像データはかなり利用されるようになってきています。基幹的な役割を持つ政府系衛星は、今後高解像度化多バンド化が進みますので、民間企業でもできるだけ活用させてほしいと期待しています。
インタビュアー: ライター 秋山 文野
取材協力
国際航業株式会社 LBSセンシング事業部 RS ソリューション部
技術企画担当部長 新井邦彦
衛星情報グループ担当課長 虫明成生
技術企画部 担当課長 佐藤 真人
営農グループ 大島 香
森林・林業グループ 戸田 真理子