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SPECIAL/特集記事

第34回

衛星データを利用してサケ放流時期の最適化をはかる
~持続可能な漁業プロジェクトに挑む~
北海道大学/Digital北海道研究会/北見管内さけ・ます増殖事業協会
/日東製網株式会社

北海道の水産業といえばサケですが、このサケが川へ戻ってくる「来遊量」は、地球温暖化の影響で少なくなってきているという懸念があります。この課題に取り組むため、2020年に内閣府の「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」「衛星を利用した持続可能なサケ資源生産支援プロジェクト」として応募、採択後に北海道網走市で実証を行いました。衛星データを活用してサケの稚魚を海に放流する時期をはかることで稚魚の減少を食い止め、サケ漁業の持続可能性を高めるというものです。このプロジェクトについて、メンバーの北海道大学名誉教授の齊藤誠一さん、Digital北海道研究会の藤原達也さん、北見管内さけ・ます増殖事業協会の宮腰靖之さん、日東製網株式会社の細川貴志さんにうかがいました。

--衛星データを利用した漁業支援では、漁場予測のように沖合漁業が思い浮かびます。沿岸のサケの養殖事業では、どのように衛星データを利用するのでしょうか?

齊藤:水産事業でのGIS利用といえば、漁獲効率を上げるための漁場予測が中心的な活用ですが、養殖の管理などにも利用されています。沿岸漁業や養殖漁業は水産業の中でも大きな割合を占めており、応用先を広げる意味でも、「もっと沿岸で活用できないか」という発想が出てきました。これまでの衛星センサーでは、沿岸を撮影すると明るい陸からの反射光が入ってきて観測が難しかったのですが、最近は技術が進んで沿岸域を観測できるようになり、実現性が高まったわけですね。今回のプロジェクトではサケを対象にしていますが、栽培漁業で放流しているカレイなどにも応用できる可能性があるので、利用の範囲は広いと考えています。

齊藤氏

齊藤氏

--サケは1年を通してどのようなサイクルで養殖が行われているのでしょうか?

宮腰:サケは、毎年秋に採卵して、12~1月ごろに孵化します。孵化したばかりの小さなサケは「仔魚(しぎょ)」といって、生まれてすぐは「さいのう」というお腹についた卵から栄養を取っているため、外部から栄養をとりません。「稚魚」になった3~4月ごろからエサをあたえて屋外の飼育池で飼育し、5月に放流しています。自然では、卵が孵ってから海に下るまで8割近くの稚魚が他の生物に食べられてしまいますが、人工孵化すれば8割ほどが生き残ることができます。

育てた稚魚が体長5cmほどになると放流後の生き残り率が高いのですが、沿岸の海水温が冷たすぎるとエサが乏しくなるため生残率が低くなります。これまでは沿岸に設置されたブイの観測情報などを元に、海面の水温が概ね5度を超える頃から放流を開始し、10~11度くらいになる頃に放流を終えるよう放流時期を図っていました。沿岸域で成長して大きくなった稚魚(概ね体長7cm、体重3g以上)は、より大きなエサをもとめて沖合へと移動していきます。ただし、水温が13度以上になると生息に適した水温域を超えるので、小型の稚魚も沿岸から離れていかざるを得なくなり、そのため、稚魚がうまく沿岸のエサを食べて大きくなれるようにタイミングを見計らって放流することが大切なのです。

--今回のプロジェクトで、衛星データの果たす役割はどのようなところでしょうか?

齊藤:内閣府の実証事業に採択されたのは2020年の夏ですが、5月の放流の時期はすでに終わっていました。そのため、過去にさかのぼって放流時期の衛星データと気象庁の日本沿岸海況監視予測システムで解析したデータとを突き合わせ、海面の水温予測の機能開発に取りかかりました。3カ月先の水温を予測できる機能を準備して、これを元に今年5月に放流を実施したわけです。

宮腰:実証事業で提案した「放流時期レコメンドシステム」では、海面の水温を予測できるので放流時期の決定に役立てることができるようになっています。「今年は水温上昇が早そうだ」と予測される場合、稚魚が沿岸にいられる時間が短くなってしまうので、放流時期を調整しよう、といったことが可能になるわけです。

宮腰氏

宮腰氏

齊藤:サケの生残率に関係するのは放流したばかりの時期と、1年目の越冬時期なのですが、最も死亡率に影響しているのが何なのか、まだわかっていない部分があります。そこで、衛星データや数値モデルの結果を使えばフォローできるという期待があるわけです。3年継続できれば、4年間のサケの生涯で川に上ってきたサケがどのような環境の影響を受けたのか見通せるようになります。プロジェクトを長期化できれば、「例年通り獲れそうだ」といった、持続可能性につなげる見通しを立てられるわけです。

サケの寿命は4年ほどなので、結果を出すには長く事業を続ける必要があります。現在は3年間継続できるプロジェクトとしてデータ取得できるよう、JAXAに申請しているところです。

--どのような衛星データを利用されているのですか?

齊藤:解像度1kmの MODISというセンサーを搭載しているNASAの「Terra」と「Aqua」という衛星、NOAA衛星、JAXAの「しずく(GCOM-W)」と「しきさい(GCOM-C)」などを利用しています。特に「しきさい」は空間解像度が250mと細かく、沿岸の情報が6時間後くらいの準リアルタイムで見られるので大変役に立ちます。その他、欧州のSentinel-3は空間解像度が300mで水温とクロロフィル(葉緑素)を調べることができます。この衛星は世界でもトップの先進的なオープンデータを実現しており、使いやすくて人気がありますね。

北海道大学では、函館市国際水産・海洋総合研究センター屋上に直径2.4mのアンテナをもつ衛星データ受信局を持っていて、「Terra」と「Aqua」のデータを自ら取得してすぐに使うことができます。2019年に東北大学と共同で打ち上げた「RISESAT」のデータも受信していて、函館上空を通過するときにデータを降ろす役割にも使っています。この秋、道東で発生している赤潮の観測にもこの衛星のデータを使っています。

--ユーザーである漁業者さんは、海面の水温予報システムをどのように利用しているのでしょうか? また実際に利用された感触はどのようなものですか?

齊藤:会員はWebでログインすると、過去の衛星データと数値予報モデルを元に水温や塩分濃度の予測を見られるようになっています。

2021年5月29日 表層1m深度 水温表示例

2021年5月29日 表層1m深度 水温表示例

2021年5月29日 表層1m深度 塩分表示例

2021年5月29日 表層1m深度 塩分表示例

宮腰:ユーザーとして今年初めて使ってみたわけですが、1週間先の水温の上がり具合の予測が画像で見られるので参考になりますね。表面の水温だけでなく、鉛直の塩分断面図も見ることができます。塩分の濃度は、北から来る宗谷暖流という海流の分布を反映していて、サケのエサがある場所などを把握するのに役立つので、とても参考になります。

--沿岸の水温を予測するようなシステムはこれまでなかったのでしょうか?

齊藤:北海道各地に水産試験場がありますが、統一して予測値を出すようなものはなかったですね。青森県のように、予測ではなく現在の状況がわかるシステムならば他にもあると思います。プロトタイプWeb GISでは気象庁の日本沿岸海況監視予測システムの予測データを入手して、沿岸部の水温、塩分、海流などの予測分布が可視化できるシステムとなっています。もうひとつは、九州大学が「日本近海の海況予測(DREAMS)」という数値予測モデルを開発してWebで見れるようになっています。私たちのシステムと合わせて面的な沿岸域の予測水温図が出せるのは日本ではこの2つくらいでしょうか。

--システム開発にあたって、プロジェクトメンバーの役割分担はどのようになっていますか?

齊藤:プロジェクトには4機関が関わっていて、プロモーターのような取りまとめの役割をDigital北海道研究会、水産応用の情報プロバイダーとして日東製網、Web GISツールの開発をグリーン&ライフ・イノベーション、データの解析と情報作成は北海道大学という役割になっています。

藤原:Digital北海道研究会は、1991年に任意団体としてスタートしたのち、2008年にNPO法人として発足しました。北海道における「教育研究機関」「行政機関」「民間事業者」「一般市民その他」に対して、地理空間情報技術、リモートセンシングの技術開発、普及啓蒙、人材教育・調査・研究・解析、並びに地理空間情報基盤整備に関する事業を行うことで、経済や社会の発展に寄与することを目的としています。最近では、準天頂衛星「みちびき」の高精度測位をスマート農業や建設業にどう活用していくか、といったGIS利用を研究テーマの一つにしています。衛星を始め、北海道の画像試料のオープンデータ化、データのアーカイブ化や活用など、大学や研究機関、企業を結びつける役割を担っています。

藤原氏

藤原氏

齊藤:私はもともと海洋のGIS研究者で、北海道大学やDigital北海道研究会などでリモートセンシングとGISのプロモーションやデータ利活用を推進していました。海洋GISの活用の最先端というと水産業なんですね。衛星データというのは「データを見られる」だけでは利用につながらないですが、GISは表現力があって、可視化ツールとしてとても有効です。漁場予測などにも使えて、民間企業が使えるツールにできる。現在はクラウドで利用できるWeb GISの形態が主流になりつつあって、今回のツールもそのプロトタイプの形態になっています。
システムのユーザーである北見管内さけ・ます増殖事業協会には、データの評価を担当してもらっています。加えて、何年何月にさけ・ますを何匹放流して、何年に取れたさけ・ますはどれくらい、といった過去20年間の保有データを共有、解析させてもらっています。

細川:私たち漁網メーカーは、将来の水産業の持続可能性というところを見据えて、事業化を目標に参加しています。北見に限らず、他地域でも魚が取れないという変化が起きつつあり、その結果、流通加工から、消費者、漁業にかかわる漁網の製造の事業など全体が縮小してしまいます。サケという資源が持続可能でないと、定置網漁業が続かない、というところで関わることになりました。

細川氏

細川氏

--サケの漁業にかかわる事業者さんがユーザーとして中心的な役割を果たされているわけですが、機微なデータを共有するにあたって、どのように信頼関係を築かれたのでしょうか?

齊藤:一般的に漁業者は、特に沖合漁業ですと「どれだけの魚をどこで取った」といった保有データの開示はしたくないと思われる方も多いですね。北見管内さけ・ます増殖事業協会の宮腰さんと私は長年の信頼関係があったので、データを共有して解析させてもらうことができました。アプリケーションを作る上で、そうした信頼関係は欠かせないと思います。

宮腰:私は北海道立の、さけます・内水面水産試験場に30年ほど所属していまして、環境研究センターという部門で水産事業に衛星データの活用をしていました。そのときに衛星リモートセンシングの専門家として 齊藤先生にご協力いただくようになりました。

齊藤:私が衛星データを用いた水産海洋情報サービス「トレダス」を作ったのが2004年頃で、当時はまだ水産業での衛星データ利用はあまり進んでいなかったんですね。そのころは放流したサケはたくさん帰ってきていて、温暖化の影響は今ほど強くなかったものの、すでに懸念はありました。そのため、放流時期の水温予測といった応用もそのころから考えていたのです。

--15年近く前から、環境の変化でサケが取れなくなる影響を予測されていたわけですね。実際に衛星データを解析してみて、サケや海を取り巻く環境の変化はどのようなものでしょうか?

齊藤:およそ10年間のデータから、水温が13度になる日が数日早くなっている傾向があり、エリアでいうと、網走に近い南のほうのエリアが北のほうよりも上昇傾向が強く、1週間くらい早いのではないでしょうか。長期予測までには及びませんが、傾向を常にモニタリングしています。

今年の秋ごろから問題になっている、道東の沿岸の赤潮の観測も試みています。カムチャッカ方面から、有毒の渦鞭毛藻類(うずべんもうそうるい)が来ている様子を、我々が打ち上げた小型衛星「RISESAT」に搭載されている海洋観測カメラ「OOC」で観測しています。渦鞭毛藻類は北から冷たい親潮に乗って来たのだと予測されますが、現在の衛星に搭載されているセンサーでは、有毒の渦鞭毛藻類と、ホタテなどのエサになる無害な珪藻類を分類して観測することが難しいのが課題ですね。

--衛星の技術面にもまだ課題があるわけですね。今後、衛星リモートセンシングが漁業を支えるようになっていくために、どのような発展が期待されますか?

齊藤:リモートセンシングのコミュニティで議論している次世代の衛星に対する要望では、なんといっても時間解像度(観測頻度)をひまわり並みに、かつ空間解像度も向上させることが望まれています。小型衛星を複数利用するコンステレーション型では、観測頻度を上げることができます。
また、観測装置の面では、赤潮の観測ができる「クロロフィル-a濃度」への対応が求められると思います。JAXAの「しきさい」は「クロロフィル‐a濃度」を観測していますが、「沖の方は珪藻類ではないか」、というような推測をしている状態です。将来は小型衛星にハイパースペクトルセンサーを搭載すれば、赤潮の原因になる藻類を区別できるようになる期待があります。海は暗くて反射率が低いので、感度の高いハイパースペクトルセンサーが必要になります。海を観測するための専用衛星で、かつ高頻度に観測できる小型衛星コンステレーションで実現できるとよいですね。

インタビュアー: ライター 秋山 文野

取材協力
北海道大学 名誉教授 齊藤 誠一
特定非営利活動法人 Digital北海道研究会  藤原 達也
一般社団法人 北見管内さけ・ます増殖事業協会 宮腰 靖之
日東製網株式会社 細川 貴志

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