SPECIAL

未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第36回

衛星データによる耕作放棄地の
見える化を推進した下呂市の取り組みとは
サグリ株式会社 坪井 俊輔、下呂市 山下 角英、
下呂市農業委員会 金森 茂俊、中川 元宏

耕作放棄地とは、「過去に耕作していたが、1年以上作付け(栽培)しておらず、さらに今後数年の間に再び作付け(栽培)する意思のない土地」を指します。高齢化にともなって増える耕作放棄地について、市町村に設置された農業委員会は現況確認や転用の調整などを行う必要があります。とはいえ、この現況確認は現場の農業委員の方々にとって大変な負担となっていました。このことに着目したのが、衛星データ解析企業サグリ株式会社です。このたび衛星データとAI(機械学習)を用いて、耕作放棄地を見える化するアプリケーションサービス「ACTABA(アクタバ)」を開発し、日本三名泉のひとつ下呂温泉を有する岐阜県下呂市で導入されました。衛星データで耕作放棄地対策をデジタル化し、業務改革に取り組んだ事例について、サグリ株式会社 代表取締役 CEOの坪井俊輔さん、岐阜県下呂市農林部農務課の山下角英さん、下呂市農業委員会の金森茂俊さん、中川元宏さんにうかがいました。

--耕作放棄地を衛星データを利用して解析し、下呂市で導入がされたのは、どのような経緯なのでしょうか?

坪井:私たちは以前、海外の小規模農家向けのマイクロファイナンスに関連するツールを作っていました。海外には日本のJA(農業協同組合)バンクのような農業指導をする組織がファイナンスを行う事例が少なく、一方で小規模農家はたくさんいます。そこで融資を受ける際に彼らの与信情報の一つとして、農地の耕作状況を衛星データで検証していたのです。令和元年度に茨城県つくば市のスタートアップ推進課から、国内の農業委員会が持つ課題として毎年の農地パトロール調査を目視で行っており大変であるということを知りました。当時の私たちは農業委員会の課題を全く知らなかったのですが、先ほどの海外事例で開発していた耕作状況を把握する技術を利用できそうだということで、S-NETの宇宙ビジネス推進自治体である茨城県による開発費助成(いばらき宇宙ビジネス事業化実証プロジェクトつくば市未来共創プロジェクト事業)も利用してACTABAの開発をはじめました。

当時はまだ、衛星データで耕作放棄地が見えるというコンセプトはあったものの、実際に農業委員会がどのような機能を求めているのかわからない状態でした。

坪井氏

坪井氏

--日本の農業委員会の方々が持っていた課題とはどのようなものでしょうか?

坪井:令和元年度には、農林水産省のデジタル地図を活用した農地情報の管理に関する検討会の委員を受嘱し、そのタイミングで農地パトロール調査や作付け調査として衛星データやドローンなどが目視確認の代替を想定していく旨が取りまとめられました。弊社は衛星データを活用した農地パトロール調査の効率化をつくば市や裾野市などと実証を行っているタイミングであり、今後、衛星データの解析要素は、農地をデジタル管理する農水省のデジタル地図へも紐付く方向になるだろうと考えました。
私たちとしても、この判断は大きな賭けでしたが、それならば国として変えていくべき要素を踏まえ、市町村農業委員会の声をしっかりと農林水産省側に届けていかなければいけないと思ったわけです。ただ、そのためには数多くのヒアリングと実証が必要です。事例がなかったらいくら国に提言しても変わらないわけですよね。すると、下呂市さんが導入に手を上げてくれたのです。本当にびっくりして、「まだ国の要項は変わっていないですよ」と説明したのですが、少なくとも手間が大きく軽減される見込みがあるならやってみたいということと、衛星データを使った基準づくりにも一歩踏み込んでくれるというご提案を受け、これはもう全力で下呂市さんを支えようと決めました。

山下:下呂市の地形は南北に長く、確認しなければならないエリアは南北に40~50kmに及びます。従来は対象地域を農業委員さんごとに紙に印刷して、「今回の○○さんの担当エリアはこの地域です」というように渡して調査をしてもらっていました。すると担当の農業委員さんが車で現地に行って、紙の地図と突き合わせながら目視で現況確認して紙に記載する。記載された情報が事務局に戻ってくると、さらにそれを手入力していたわけです。
対象地域を決めるにしても、従来は事務局で地番をCSV出力して、Excelで担当者の一覧を作って、さらにそのデータを地図作成業者さんに渡して…と、とんでもない手間がかかっていました。

山下氏

山下氏

金森:しかも、その区間を基本は1人で、補充員さんを入れても 2人でやらなくてはいけない。範囲がとても広い上に、どんなに小さな農地であっても一筆として調査しなければならないので、本当に大変でした。

中川:地番が細かいため、紙の地図の場合は虫眼鏡が必要なほどでした。

金森:圃場が整備されたところならまだいいですが、山際の方で畑が耕作放棄地になりかけているような場所は、たとえ航空写真で見ても木が重なりあっていてわからないのです。だから目視で確認しないといけないところが多いんですね。

山下:現地に行って確認する方法として、農地パトロールの実施要領には「目視」と書いてあります。これが大変な負担の元凶になっていたわけです。そのため、まずはAIを使ったサグリのシステムで実施した場合でも目視としてみなされるかどうかを確認しました。一部でもしっかりと目視による調査も行っており、確認したらこれは全然問題ないということがわかりました。人の目よりも衛星データを使った方がよほど均一化されていますし、同じ基準で見られるわけです。

ACTABAデータ

--とても基本的なところですが、耕作放棄地というのはどのようなもので、どう判断されるのでしょうか?

金森:耕作を諦めたということが最もはっきりしているケースは、ヒノキや杉が生えて山林化している場所で、こうなるともう完全に農地ではないですね。一方で、草が生えていてもトラクターで起こせばまだ元に戻せるようなところもあります。実は判断の基準が農業委員によって分かれるので、しばし問題になります。「まだ草を刈ってやれば元へ戻せるな」という判断もあれば、「これは駄目だ、笹や草が生えてもう農業の見込みはない」という場合もありますし、「農地を大切にしたいのでまだ作り直しができる」という見方の人や、「これはもうダメだ」と厳しく見られる方もいる。そうした判断が僕は一番ネックになると思いました。集計時には、同じように判断できることが一番ですので、3年くらい前から「農地パトロールにタブレットを導入してほしい」と求めていました。タブレットで実施すれば同じ視点で判断しやすいと考えたのです。

金森氏

金森氏

--耕作放棄地の判定というものは、ACTABAのデジタル地図上でどのようにシステム化されているのでしょうか?

坪井:土台になる地図は、「地番図」と呼ばれる市区町村ごとの区画データです。これには一筆ごとに誰がどこの地番を所有しているのかという情報が整備されています。もともとは資産税など課税の基準になる区画データです。
私たちは、地番データと合わせて、「農地台帳」という市役所が管理をしている農地状況の管理台帳を突合することで、地番図の中から農地台帳に存在している区画だけを取り出してACTABA上で表示しています。家屋などは農地台帳に載っていないので、ACTABAのアプリケーション上では利用しないようにしています。

また、低コストに高精細な地図を表示できるので、表示にはGoogle マップを使っています。ただし、Googleマップを衛星画像として解析に利用しているわけではありません。データの部分は独自に入手した衛星画像から解析した「耕作放棄地率」という情報のレイヤーを載せています。

耕作放棄率とは、耕作放棄地である農地を100%と定義して、その割合を筆ごとに数値で表示するもので、私たちが独自で規定した基準です。委員さんのタブレット機能と事務局のPC機能は連動していて、最終的には判定結果を事務局側で全て把握できるので、直近の現況を国に報告したり、次年度の計画を立てたりといったことができます。

自動ポリゴンの解析画像(画像提供:サグリ株式会社)

自動ポリゴンの解析画像(画像提供:サグリ株式会社)

衛星データとしてPlanet社のPlanet Scope、欧州のSentinel-2の画像を使っていて、農地を圃場ごとに月1回、約1年間の経過を見ています。作物を育てているサイクルに乗った変化があれば「耕作している」とみなせます。また、すでに耕作放棄地になっているのに実は耕作しているなどというケースはないですから、既存の固定農地台帳にある耕作放棄地のデータを教師データとして使うことができます。さらに、建物の中でも栽培用のハウスは無視する(耕作中と判断する)ルールなどを入れてカスタマイズしています。

山下:下呂市で多かった事例ですが家庭菜園程度の自家用の畑に倉庫などの設備を置いてしまうと耕作放棄地率が高く判定されることがありました。

坪井:現在のシステムでは判定が難しいのが果樹です。実は、他の市町村では果樹の中でも耕作放棄地と耕作地の相関性を確認できており、それを今後アップデートをしようとしています。具体的には山林化した荒廃農地と、果樹を判別するために作物分類を入れようと考えています。また、耕作地の教師データも増やす必要があります。

--課題はまだあると思いますが、ACTABAを導入しようと考えられた決め手はなんでしょうか?

山下:農地パトロールの中で、どこが荒廃農地であり耕作放棄地であるかということは農業委員さんの判断次第とわかってきました。国が作成した耕作放棄地の基準を示す写真付きのガイドラインもありますが、農地か非農地かの最終判断は農業委員会になります。
ならば、農業委員さんの判断の差を解消したいということで「耕作放棄率」に基づいた客観的な閾値(しいきち)を決めました。下呂市の場合、耕作放棄率が35%以下ならば耕作地で60%以上の耕作放棄率は荒廃農地として見回りなし(再生の可能性はない)としました。その間の耕作放棄率36~59%の、判断が分かれる農地だけを農業委員さんに見ていただきました。

我々はACTABAを導入することによって、「下呂市の耕作放棄地はこれです」と基準をはっきりと言いきることができるようになりましたが、自治体によって基準がバラバラになる可能性は今後出てくると思います。それを国がどう考えるか、ということが課題になってくるのではないでしょうか。

中川氏

中川氏

--耕作放棄地の判定を客観的にできるということがACTABA導入の最大の目標だったのでしょうか?

山下:それだけではなくて、以前から要望のあったタブレットの導入について、最大のネックだったのが、タブレットに入力したそのデータを農地台帳にどうやって反映させるのかということでした。
最初に僕が坪井さんに会ったときまず確認させていただいたのが、この入力したデータをCSVなどの形式で出力して農地台帳に取り込めるか? ということでした。技術的に可能という感触を得たのが大きかったです。

坪井:入力データを既存の台帳に入れ込むというのは、下呂市で管理している台帳及び国に提出しなくてはいけないフォーマットに加え、「農地情報公開システム(eMAFF農地ナビ)」という国が推進している別のデータベースもあるため、複数のフォーマットに対応しなくてはならないこともあり、情報をきちんと出力できて入れ替えられることが最も重要だったわけです。

山下:そしてとても良いタイミングで今年度から遊休農地調査(利用状況調査)と荒廃農地調査という似た趣旨の調査が一本化されることになりました。ACTABAで調査した数字を調査フォーマットに合わせて一度に反映できるようになったので、本当にありがたかったです。

--実地での農地パトロールという大きな負担になっていた課題を解決するために、みなさん積極的に新規なツール利用を求められたわけですね。どの程度の効果が上がりましたか?

金森:案の定これが大変はかどるわけです。これまで最低でも4日かかっていた農地パトロールが1日半ぐらいで終わるようになりました。さらに今後の確認はAIだけでやってくれるようになるとよいなと思っています。ただ、現在のシステムでは電波の来ていないところでは使えないため、電波のつながらない場所の記録をする場合には、現場で記憶しておいて、電波の来ているところに戻ってきて記録するという作業が必要です。そこが改善されてくるとよいですね。

坪井:最初から目視ゼロというのはなかなか難しいとは思うのですが、耕作放棄率を数値化したことで、目視確認が必要な農地を筆数で4万5000筆から1万5000筆程度まで抑えることができたようです。さらに減らしていけると思っており、最終的には0にすることが目標ですね。

金森:次の年は半分以下になるんじゃないかな(笑)。

耕作放棄地でタブレットを利用する金森氏

耕作放棄地でタブレットを利用する金森氏

--今後、データから「土地が良いのに使われていないので農地として再生しよう」という動きにつながることはありますか?

山下:難しいと思います。国はそういうところをもっと活用しましょうと言いますが、実際に土地の面積は変わらず人口だけが減少しています。ただでさえ農業者はどんどん減り農地は余っているのに、わざわざ使われていない条件の悪い農地をまた一から耕しましょう、なんていう人はいません。
とはいえ、農業は地域にとっても大事な拠点事業ですし、農業制度は補助なども手厚い。ですから、それを使わない手はない。農業振興というよりも、地域づくりに農業を活用するような観点で、取り組んでいきたいのです。

--地域づくりにつながる農業というのはどのような方向を目指されているのでしょうか。特産品の生産といったことでしょうか?

山下:岐阜県は飛騨牛など畜産業も盛んですし、気候の特性を生かしたトマト栽培が盛んで、新たに農業を始められる方はほぼトマト栽培を手がけられています。

金森:新規就農者の9割、もしかするとほぼみなさんトマトですね。安定した収入が得られるので、離農する人が少ないのです。Iターンの移住者も増えています。人が減って夜は真っ暗だった地区も、トマトの新規就農者が増えたことでお祭りができるようになってきたんですよ。
これから若い人に農業委員になっていただくにしても、昔のように雨の中で軽トラックの中で地図を広げて…なんてことでは、やっていただけないですよ。

山下:新規に就農者として移住してきてくれた方々で市が賑やかになり、子供が増え、地域づくりにつながる。本来の農業委員さんは、何十年も下呂市で農業を続けてこられた熟練農家さんで、土地のことをよく知っていて、その経験に基づき地域の農業をどうしていくべきか、を考える農地活用のコーディネーターであるべきです。夏の忙しい時期に使われもしない農地を全部見に行くことが仕事ではないのです。けれども農地パトロールをアナログ手作業でやっていたら、手間ばかりかかって本来の仕事ができない。
ACTABAを導入したことによって、農地パトロールの業務が大幅に効率化されたので、農業委員さんにも新規就農者のための支援といった本来のやるべきことに尽力していただけるようになったわけです。これこそが地域振興だと思いますし、今後それが可能になったことはすごくありがたいですね。

インタビュアー: ライター 秋山 文野

取材協力
サグリ株式会社 代表取締役 CEO 坪井俊輔
下呂市 農林部農務課 主任主査 山下 角英
下呂市 農業委員会 会長 金森 茂俊/農業委員 中川 元宏

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