第41回
衛星SARデータを活用した高精度空港モニタリングシステムの実証
日本工営株式会社 陰山 建太郎、野間口 芳希
スカパーJSAT株式会社 穴原 琢摩
JAXAとの共同研究をきっかけに衛星データ利活用へ本格的に注力し始めていた日本工営株式会社(以下、日本工営)は、スカパーJSAT株式会社(以下、スカパーJSAT)と共同で、内閣府が実施する2020年度「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」(以下、モデル実証)においてSAR衛星で取得したデータを空港のモニタリングに活用する実証実験を行った。本実証により、SAR衛星による空港のモニタリング手法、特に、従来実現困難といわれていたコンクリート面の高密度なモニタリング手法が確立され、現在は利用シーンの拡大に向けて取組を継続している。その背景には、積み重ねられた研究開発に裏打ちされた高度な解析技術が存在する。今回、日本工営の陰山氏、野間口氏、スカパーJSATの穴原氏に当時の実証の様子や用いた解析技術について話を伺った。
モデル実証では、かつてから注目していた空港をモニタリングの対象とした。空港のような大規模インフラの維持管理、点検には膨大なコストがかかっている。さらに、今後労働人口の減少に伴い維持管理・点検を行うことができる技術者の減少も予想されることから、新技術を活用し、維持点検を効率化することが喫緊の課題だった。
はじめ、異なる時期に撮影された膨大な観測データを用いて対象物の変動量を高い精度で把握することができる解析手法「時系列干渉解析」によって効率的にかつ安価に大規模インフラをモニタリングすることが検討された。しかし、空港の滑走路やエプロン*2部分のような平滑面においては、SAR衛星から発されるマイクロ波が入射と反対の方面に鏡面反射し、衛星に返るマイクロ波が少なくなってしまうため正確な観測が難しいことが当時から知られていた。本実証はこの問題を解決し、空港のモニタリングにSAR衛星のデータ活用を可能にすることを目的とした。そして、羽田空港の国際線のエプロンを管理しており、現場のニーズを深く理解している大成建設株式会社(以下、大成建設)の協力も得て3社で実証に着手することとなった。
実証での時系列干渉解析では、活用したスペインのPaz衛星*5が11日に1回の頻度で撮影できるため、その頻度に合わせてデータを取得した。空港モニタリングの性質上、実際にモニタリングする場合は早くても2~3か月に1回の撮影で十分だが、実証中は正確な解析に必要な量のデータを集める必要があるため、実際よりも高頻度でデータ取得を行った。実際に現場でモニタリングをする場合には、あまりに高頻度で衛星データを取得すると人力で測量する場合よりもコストがかかってしまうため、コストと撮影頻度のバランスについては注意する必要がある、と陰山氏は言う。
そして、実証を通じてデータ解析技術は衛星データの利用可能性拡大に多大な貢献を果たした。スカパーJSATでSAR衛星の画像解析を担当する穴原氏は、過去に解析技術の先進国であるドイツとも共同研究をしたことがあるが、空港のエプロン部分をSAR衛星で観測できるわけがないという見方が主流だったという。実際、実証開始当初にSAR衛星で取得したデータを見ても、ノイズだらけで実証に使える状態ではなかった。非常に困難な取組でありながらも、解析担当者が地道に分析に利用するアルゴリズムの改良を重ねた結果、なんとか高密度で観測可能な状態にすることができた。
このような解析担当者の苦労に支えられ、3社は無事実証を終えた。そして次の段階として浮き上がってきた課題は、「精度や衛星データへの信頼性が枷となり、実際に活用してもらえていない状況をどのようにして解消するか」であった。例えば、空港の維持に係るガイドラインには、3年に1度確実に施設を測量する必要があるという旨の記載がある。その際の測量方法は既に定められており、SAR衛星の活用はガイドライン上認められていない。そのため、SAR衛星を活用して測量した場合、二重での測量となってしまい、効率化にならないのが現状である。測量方法の一つにSAR衛星の活用を取り入れてもらうための働きかけを含めて、実際に空港のモニタリングに衛星データを活用してもらうためにどのように行動していくかが今後の課題になっているのだという。
二つめの課題は、時間/空間分解能の不足である。つまり、衛星を活用して見たい対象があっても、見たい頻度で見ることができず、解像度も低い。こうした課題に対しては、空間分解能が高く、高解像度の衛星を多数打ち上げ、高頻度で撮影を行うことができる衛星コンステレーションを構築しているような企業と連携しながら解決していきたいと陰山氏は語った。
そして三つめは価格の課題である。衛星データは比較的高額であるため購入障壁が高く、容易にはユーザーが増加し難い。一方、衛星画像1枚で多くの情報を得られるため、1枚の画像の解析結果から得られた情報を複数のユーザーのニーズに応じて活用してもらうことで、1ユーザーあたりの費用を抑えることも解決手段の一つとして、利用可能性を高める方法を模索している。
「成功している事業者はニーズと合致したビジネスを展開することができていると思う。ただ、新たにニーズを掘り起こす段階から取り組もうとすると時間もお金もかかってしまう。そのため、最近増えてきている、国が主導する衛星データの利活用に関する取組や支援制度を利用しながら活路を見つけていくことが多くの事業者にとって助けになるのではないか。」
また、衛星データの解析を専門とするスカパーJSATの穴原氏は「データ解析のアルゴリズム開発は想像より遥かに地味な作業である。加えて難易度も高い。しかし、ハード面での課題に見えることがソフト面で解決できるものも少なくない。例えば、衛星コンステレーションの活用により解決できるとされている課題の中には、衛星コンステレーションを活用せずともデータの分析手法改良により解決できるものもある。また、スーパーコンピューターを要したり、解析時間も数日を要したりする分析を、アルゴリズムの改良を通じて市販のコンピューターで30分で終えられた例もあった。衛星データの解析技術は目立ちにくいため、興味を持ってくれる人は少ないかもしれないが、確実に衛星データを使いやすくする要素は揃ってきており、衛星データの利用拡大に貢献する可能性が高い分野である」と語った。縁の下の力持ちとして活躍する衛星データ解析技術が注目を浴び、さらに利活用が広がっていく未来はそう遠くないはずである。
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*1 GIS … 地理情報システム(GIS:Geographic Information System)。位置に関する情報を持つ空間データを管理・加工して視覚的に表示することで、高度な分析や判断を可能にする技術。
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*2 エプロン … 航空機の駐機スペース。主に乗員・乗客や貨物の積み下ろしを行う場所で、燃料の補給なども行われる。
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*3 リフレクタ … SAR衛星のマイクロ波が衛星方向に安定して反射することを可能にする装置。
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*4 解析基準点 … 各種測量の際に基準・基礎となる点のこと。
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*5 Paz衛星 … XバンドのSAR衛星で、スペインの地球観測プログラムに利用される。スペインの防衛省と通信会社(Hisdesat社)の軍民両用衛星。
取材協力
日本工営株式会社
コンサルティング事業統括本部 基盤技術事業本部 衛星情報サービスセンター
センター長代理 陰山 建太郎
課長補佐 野間口 芳希
スカパーJAST株式会社
宇宙事業部門 新領域事業本部 スペースインテリジェンス事業部
第2チーム主任研究員 穴原 琢摩