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未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第43回

進化を続けるSAR衛星のソリューションビジネス
株式会社Synspective 新井 元行

日本発の小型SAR(合成開口レーダー)衛星コンステレーションを展開する株式会社Synspective。自社衛星「StriX」シリーズによる高精細なSAR画像を販売するだけでなく、SAR衛星データを活用した解析ビジネスが始まっています。2023年には長野市で始まる不法盛土問題の実証事業を始め、SAR衛星データのソリューション事業についてお聞きしました。

 ――SAR衛星データを解析するソリューションビジネスとはどのような事業でしょうか。どんな領域で活躍し、ユーザーさんはどのような方々でしょうか?

新井:現在、我々のSAR衛星が撮像したデータ販売に加えて、ソリューションの販売を行っています。主なターゲット領域は、災害に強いインフラを作る「レジリエント」、再生可能エネルギーを含む資源エネルギーを中心とした「サステナビリティ」、それから「安全保障」。この3つの軸で事業を進めています。 レジリエントなインフラというのは、災害が起きたときの対応と、普段から災害に強いインフラを作ってメンテナンスと保証をしていくということです。災害対応の例でいえば洪水の被害分析になります。

新井氏
この領域のお客様として想定しているのは、自治体や救命活動を実際に行う自衛隊も含めた政府の組織、民間では保険金支払いに関わる損害保険会社です。損保の場合、水害の際の保険金支払いの被害アセスメントというのは、水が引いた後の1カ月以内に大量の調査を人海戦術で行わなくてはいけないので、結構なコストがかかります。さらに、広域の被害になってしまうと人力では間に合わないこともあり、衛星を使ってなるべく早く一次情報を集めることが優先されています。そのほか、衛星のデータ解析を使うことを前提とした保険商品を設計するところまで進んできており、日本だけでなく世界中で洪水の被害がすごい頻度で増えてきているので、海外の保険業界もにらみながらソリューションを展開しています。

減災に関する部分では「地盤変動モニタリング」というソリューションを進めようとしています。長野市で干渉SAR(InSAR)という技術を使って盛土のエリアを調査します。InSARは広域で地盤の変化や地滑り、盛土の変化などを解析する技術で、あらかじめリスクをきちんと把握することができ、例えば空港の地盤沈下具合や、大きなダムの歪みなど、大型のインフラのメンテナンス調査にも使えますね。

地盤変動モニタリングイメージ図

地盤変動モニタリングイメージ図

© Mapbox © OpenStreetMap contributors | © Copernicus Sentinel data [2014-2023]
© Synspective Inc.

海外では、水力発電用ダムをモニタリングする案件がすでに成約しています。それに近いのが鉱山関連のモニタリングです。鉱物資源を鉱石から取り出すと、有毒の廃棄物を含んだ残土が出てくるので、鉱山企業はその残土をダムに貯めて洗浄し、最後に堆積物を固めて封印するというようなことをやります。これをテーリングダムといいます。このテーリングダムは適当な工事のものもあり、特に南米では大雨が降ると5年に1回ぐらいの頻度で事故が起きています。2019年のブラジルでは、大雨が原因でテーリングダムが決壊してしまい、下流の街が有害物を含む土砂に飲み込まれて死者・行方不明者が270名にのぼる大事故がありました。鉱山を所有していた企業の時価総額はその1日だけで2兆円も下落してしまいました。現在、ブラジル政府は、テーリングダムを継続的にモニタリングしなければいけないという方針になっています。同じようなダムが国中のさまざまな場所にあるわけですから、これをモニタリングするとなるとものすごい費用がかかるわけですね。そこで衛星データを使おうという市場が生まれました。

もうひとつ、自然災害のリスクアセスメントがあります。ネパールでは、山岳地帯でダムに土砂が溜まって容量が減ったところに気候変動の影響もあって氷河が溶け出し、ダムが溢れて洪水になることがあります。私たちと世界銀行、ネパールの大学とローカルのドローン企業が協力して、その災害のメカニズムと、ほかにも同じようなリスクを抱えている場所があるのか調査するプロジェクトに取り組みました。
ドローンの会社がグラウンドトゥルース*を取得して、我々が地盤変動モニタリングのデータでアセスメントを実施してみたところ、メカニズムを無事に解明できましたし、同じようなリスクを持つ場所があることも分かりました。
*AI モデルの出力の学習やテストに使用される実際のデータで、自動運転や音声認識など、多くのAIアプリケーションで使用されている。

衛星データは実際にそこに行かなくても、リスクがどこにあるのかを調べられるという点が大きなメリットです。ネパールの山岳地帯はそんな簡単に行けないですが、SAR衛星でそういう場所を網羅的に見ていき、ドローンと人が実際に行って調査するのは、本当に災害リスクが高そうなところにしぼることができる。新たに見つかったリスクの高い場所は政府による継続的なモニタリング対象になっていきます。特定のポイントのリスクを見てソリューションの精度を高め、広域に展開していくという方法は、日本の自治体でも使うことができると思っています。
斜面不安定検知機能のイメージ図

斜面不安定検知機能のイメージ図

左:局所領域における不安定な変動点の分布(Source:Esri,Earthstar Geographics,
© Copernicus Sentinel data [2021], © Synspective Inc)

右:地盤変動が顕著な領域(ホットスポット)の 分布及び変動速度によるリスクレベル表示 (Source:Esri,Earthstar Geographics METI/NASA, © Copernicus Sentinel data [2021],
© Synspective Inc)

 ――衛星データを使う場合と使わない場合では、コストはどの程度変わりますか?

新井:テーリングダムの例でいうと、鉱山オペレーターが非常に広いエリアで航空機を使ってデータを集めようとすると、航空機調査は1回で1000万から2000万円はかかります。これをコンスタントにやると大変なコストです。一方、衛星の解析では、私たちはまだ自前の衛星で解析するところまではサービスができてないのですが、欧州のセンチネル衛星など無償のデータを使うと、データコストがかからず、解析コストだけで従来の航空機での作業を置き換えることができます。どの程度の頻度でモニタリングするかにもよりますが、週次、日次という頻度ならば年間で億単位で効いてきます。テーリングダムの事故が実際に起きてしまうと、数千億円というような損害が1日で発生するわけですから、すごく期待されているところですね。

 ――海外にはほかにも同じサービスをしている競合の企業はありますか?

新井:InSARの解析の専門の会社は海外で5、6社ぐらいは出てきていると思います。ただし、センチネル衛星が提供している無償のデータは、使えてもせいぜい月に1回とか2回とかです。そこで私たちのコンステレーションが実装されていくと、現場の人たちが見たいという要求に合う頻度と解像度を実現できます。小型SARのオペレーターでInSARまでちゃんとやっているプレーヤーは世界にもまだいないので、すごい強みになっていくと考えています。今はエンドユーザーとしてノウハウを積み重ねていき、ハードウェアもデータも両方使えるように進めています。

 ――長野県との共同事業について
内閣府宇宙開発戦略推進事務局から公募された令和5年度「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」において、Synspectiveの提案テーマが採択されましたね。

<参考情報>
「機械学習手法を用いた不法盛土箇所の検出及び地盤変動リスク分析」
2021年7月1日の大雨で発生した静岡県熱海市の土石流災害から、各都道府県にて盛土による災害防止に向けた総点検実施が行われた。2023年5月には盛土規制法が施行され、国土交通省の技術的助言では、標高データや光学・SAR衛星画像を使った盛土の分布調査と定期的な盛土監視・発見が推奨されている。人手による調査や高コストのドローンなどの観測点検手法と比較し、安価で広域的及び周期的な土地利用変化を検出する衛星技術の導入が検討されている。株式会社Synspectiveと株式会社フジヤマによる実証事業では、長野市、静岡県(静岡土木事務所)、静岡大学をユーザーとする機械学習を用いた不法盛土箇所の検出とリスク分析を行う実証事業を開始。国内外のSAR衛星データと光学衛星データ、航空レーザー測量データを組み合わせ、山間部の植生やその他の構造物の増改築などの影響の低減や効率的な検出、盛土発見後の定期モニタリングでの衛星活用の有効性などを検証する。

新井:静岡県熱海市の土石流災害と総点検実施を受けて、同様の災害リスクを持っている場所が日本国内にかなり多いということで、危機感を持った地域から衛星データを使った実証がスタートしています。長野市もこれに合わせて実証に参加してもらっています。最終的には実証結果の評価を経て、実運用にもっていくことを考えています。

<提案内容における背景や課題等>

提案の背景・課題-広域性及び使用効果性-
・2時期の衛星画像を用いた変化検出には植生の繁茂などの影響により効果的に変化検出が困難
・大規模盛土造成など盛土等に対して広域に地盤変動量を推定することが困難

© 株式会社Synspective

支援方法 ―機械学習+時系列干渉SAR-
・無償衛星画像及び土地被覆データを用いた機械学習による高精度な検出及びフィルタリングの実施
・時系列干渉SAR解析を用いた広範囲な地盤変動量の推定

新井:地盤変動リスクに対する衛星データの解析そのものはこれまでもかなり進められてきたとのですが、私たちの実証では技術的により突っ込んだ形で取り組んでいます。山間地中心なので植生が邪魔することも多いですし、人力で細かいところまで全部見るのではなく機械学習を使って効率的にリスクを見つけていく。最終的には人間のチェックもありますが、コンピューターにやらせることで、ちゃんと専門家のノウハウをレバレッジしていく方向で開発を進めています。衛星データを使って実際に分析してみた結果、現れた課題を潰していけるかどうかまで検証していくことを目指しています。

――InSARの需要はインフラ関連で非常に大きいということですね。ほかの領域でも利用できますか?

新井:SAR衛星データの需要が広がりつつあり、新エネルギーの領域でもかなり利用できます。資源エネルギー分野では、森林のモニタリングがあります。SAR衛星データからバイオマスのボリュームが見えるので、カーボンクレジットのエビデンスにもなっています。今まさに立ち上がりつつある領域だと思うんですけれども、私たちもこの森林資源モニタリングにトライしています。マレーシアや東南アジアのプランテーションでは樹木の本数を数えるなど森林管理のためのニーズも非常に強いです。ヨーロッパでもスカンジナビアでは大規模林業があるので、そういった会社に対しても営業をかけています。

エネルギー関連では洋上風力発電の適地選定に取り組んでいます。水面は電波を衛星と反対方向に反射してしまうので真っ暗に見えるのですが、風が吹くと海面に波が立って、後方散乱が激しくなり、少し明るく見えてくるところがあります。時系列でずっとデータをためて見ていくと、風速とのかなりいい相関が取れるんです。現在は風力発電の適地選定をやろうとすると、実際に風車を立ててみて良さそうだったら……という手順になる。また、風車の1番先頭の列が風を邪魔してしまって、後ろの風車の発電に影響が出て、全然もくろみ通りの発電量にならないなんてことも起きます。適地選定だけでなく、実際に発電施設を作った後に、ねらい通りの風況が実現できているのかという部分まで、継続的に衛星データを適用しようとしています。

Forest ventory Management

左:© Mapbox ©OpenStreetMap ©kepler.gl Improve this map by ©Synspective Inc.

右:© Mapbox © OpenStreetMap Improve this map | © Copernicus Sentinel data [2014-2021]
| © Synspective Inc.

 ――SAR衛星のソリューションビジネスのように、高度な解析ができる人材はどのように確保されているのでしょうか?

新井:解析チームには3種類のエンジニアがいます。まずはリモートセンシングのデータを扱える人ですね。レーダーだけでなくどういうデータを使えば、必要な情報が得られるか、それを誰が持っているかを知っているエンジニアです。それからInSARを含めてSAR衛星データの解析をするエンジニア。そして機械学習やデータサイエンス系のエンジニアです。このいずれのエンジニアも世界中からかき集めている状態で、当社でもチームの6~7割が外国人だと思います。

1人ですべてを兼ね備えたエンジニアは世界でもそうはいないですし、そういう人が1人や2人いたからといって迅速にさまざまな開発を進められるわけではないので、そこはやっぱりチームを作っていくというのが大事かなと思います。

 ――ビジネスが始まるきっかけはどのようになるのでしょうか? まずは自治体や国と組む機会がないと難しいですか?

新井:災害や公共インフラに関わるところは自治体や政府と一緒にやった方が立ち上がりやすいですね。災害のようにいつ起きるかわからないものに対応するのは保険会社以外に民間プレーヤーはいない。行政がカバーするべき領域なので、自治体が旗振りをやってくれるとすごくありがたいです。森林や鉱山のモニタリングでしたらダイレクトに企業が相手になります。

 ――自治体のような政府系の顧客とはどのように繋がっていくのでしょうか? 自治体にしても、優先順位の高い課題に取り組まなくてはならないにせよ、どこに頼めばいいのか迷っているということもあるようですね。

新井:数年がかりでコネクションを作って各方面から繋いでいただいています。地方創生や衛星データ利活用など、きっかけのテーマはさまざまですが、そこで意思のある自治体の方と出会い、それから何年か越しで関係性が構築されていくというケースがやはり1番多いですね。自治体側で、本当にモチベーションとスキルを持つ人がいないと、なかなか動かないのです。

ただ、ビジネスと同じ部分もありまして、森林や鉱山監視のお客様にしても、最初はモチベーションが高くて熱意のある担当者がいてスタートしても、担当者が変わってしまった、結果は出してみたけれどどう使っていいのかわからない、という場合もあります。自分たちが得たものは必ず他でも使えると思ってそこは切り替えていきます。ちゃんと社内でノウハウを溜めていって、別のケースでうまく使っていけるように努力しないといけないと思います。これは日本でも世界でも一緒ですね。

 ――ソリューションのビジネスの知見は、衛星の設計へのどのようにフィードバックされていきますか?

新井:そのときどきで収益に繋がるお客様のニーズとオプションを汲み取っていくと、直近の数年は安全保障の需要が強いのですが、おそらく2026~2027年ぐらいから民間や災害対応などの領域にもマーケットが立ち上がっていくだろうという感触があります。今後の衛星はどういう設計にするべきか、今まさにそういう検討をしています。

まずはInSARを始め、商用のソリューション展開に適した衛星にしていきましょうと。そうすると、例えば、あるエリアを集中的に観測する場合に、衛星を高い精度で同じ位置で通過させるための制御が必要であり、軌道変更だけでカバーするなら、軌道制御のハードウェアの余裕を持たせておくような設計が必要だとか、あるいは1周回の中で、ある程度のデータを保持できるようにエネルギーとデータのストレージが必要だとかといったことになってきます。とはいえ、あまり衛星を大きくすると今度は打ち上げコストが高くなるのでそこはバランスも取らなくてはなりません。

より根本的なところでは、安全保障では関心領域がある程度決まっていて、特定の箇所・施設を見ていくような使い方がしたいわけです。より正確に分析したい場合は、解像度と取得したデータをすぐにダウンリンクできる即時性が重要になります。一方でInSAR主体に山岳地帯の地盤リスクを調査したいといった場合は、1回でより広いエリアを見たくなるんです。狭いエリアを高分解能で見るのか、あるいは分解能は低くてもいいからなるべく広い領域を見るのか。真逆のスペックを求められるようになるので、これをどう両立させるのか、あるいはどちらかに振り切ったものにしていくのか、 これも今まさに検討しているところです。これが結構難しくて、直近は安全保障が需要として非常に強いですが、分解能はさすがにどこかで頭打ちすると思うんですよね。10cm、5cmといった要求も、レーダーではなく、ハイスペックの光学衛星の分野になると思います。

すると、もう少し広いエリアを見られるようになりたい。今は解像度を上げる方向ですが、2026~2027年ぐらいからソリューション展開に合わせてもう少しワイドカバレージの衛星になっていくのがいいかなと思います。そうなると、フェーズドアレイアンテナを搭載して、15m程度の解像度で100kmの刈幅で観測できるScanSARに対応した衛星ということになってくる。フェーズドアレイは電子的にビーム制御しているので、アンテナが高コストになります。そこで私たちの強みはシンプルなフラットパネルアンテナですから、それをちゃんと活かして差別化ができるといいなと思います。

そうしたバランスは、安全保障のニーズだけ見てもわからないので、やっぱりインフラや実際の災害対応の領域で、コツコツと顧客と対話し続けることでしか手触り感のある スペックへの情報は掴めないと思っています。

 ――顧客ニーズとビジネス、衛星のスペックをすり合わせるには、皆さんの要望を聞きながら少しずつ作っていくわけですね。

新井:そうですね。実際のユースケースの蓄積がないとその議論はなかなか深まっていかないところがあります。実は私たちはソリューション事業の中で顧客と一緒にコツコツ、研究開発を一緒にやってきたのはかなり強みなんじゃないかと思っています。令和4年度より、内閣府事業「小型SAR衛星コンステレーションの利用拡大に向けた実証」を通して、各省庁と一緒にやっていく中でいくつかユースケースができてきました。これをサンプルケースとして各自治体に展開するようになってきています。そうしてだんだんと具体的にイメージを持っていただけるようになるのだと思いますね。

インタビュアー: ライター 秋山 文野

取材協力
株式会社Synspective 代表取締役 CEO 新井 元行