SPECIAL

未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第46回

「宇宙ビジネスとスタートアップのゆりかご」となるべく
奮闘する愛知県豊橋市
豊橋市地域イノベーション推進室 福井喬晴/
株式会社サイエンス・クリエイト 勝間亮

愛知県豊橋市は2023年、市区町村として初めて長野市と共にS-NETの「宇宙ビジネス創出推進自治体」に選定された。選出された自治体はこの年で合計13自治体となった。衛星データビジネス利活用について、先駆けとして走り続ける豊橋市の魅力について、スタートアップ支援の実務に関わるキーパーソンに訊いた。

 ――新幹線停車駅もあり知名度は非常に高いものの、豊橋市について詳しいことをご存知ない方も多いと思います。まず豊橋市がどんな土地であるか教えていただけますか?

福井:この地域は日本の大動脈が通る交通の要であり、自動車関連産業のほか食品製造業なども盛んな場所です。また渥美半島を通る豊川用水の恩恵を受け、農業も非常に元気があります。消費地に近い地の利を生かして2004年まで農業産出額は全国1位でした。その後全国で市町村合併が進み順位は下がりましたが、現在も全国トップクラスを維持しています。

 ――それほどに農業に強い地域だったのですね。市の施策にも特徴的なものはありますか?

福井:まず、長年にわたり地域の産学官連携に取り組んできた実績があるほか、現在は強力なスタートアップ支援ネットワークを持っていることも大きな特徴です。豊橋市が位置する東三河地域では、2021年度に「東三河スタートアップ推進協議会」を発足させ、起業支援、地域外スタートアップの呼び込み、実証実験のサポートなどを行っています。

また、2022年度から豊橋市が始めたアグリテックコンテストでは、地域の農業課題の解決策を全国から募り、コンテストで入賞したスタートアップ企業と地元農家による共創プロジェクトが複数動き出しています。プロジェクトの実証実験を地域の人たちと連携して推進するために市職員や専門家がスタートアップ企業と一緒に汗をかいてきました。

 ――2023年に豊橋市はS-NET「宇宙ビジネス創出推進自治体」に選定されました。公募に手を挙げた背景や動機はどのようなものがあったのでしょうか?

福井:公募に手を挙げた一番の理由は、市の取組を地域内外の方に知ってもらい、衛星データに関心を持つ人をさらに増やすためです。衛星データは、広域の情報を一度に把握できる特徴から、現場確認業務を効率化できる可能性があります。しかし、そもそも衛星データに関心を持っている方や、実際に自身の業務課題解決に紐づけて考えることができる人は、地域事業者さん、市職員ともにまだまだ少数です。そこで、専門家や他のS-NET自治体の知見をお借りできないかと考えました。

福井氏

福井氏(スタートアップや新事業創出に関わる部署で、宇宙関連ビジネスを担当)

 ――S-NET推進自治体の選定は、豊橋市のどのような取組が評価されたと考えていますか?

福井:豊橋市では、衛星データの利活用促進に関する取組を2019年度に開始しました。衛星データを活用したサービスの開発を支援する補助金交付を行ってきたことに加え、実証実験の場の提供を積極的に行った点は評価いただけたと思います。

さらに、産学官連携やスタートアップ支援の拠点である株式会社サイエンス・クリエイトに宇宙ビジネスコーディネーターとして常駐している勝間さんの存在は大きいと思います。宇宙ビジネスに知見のある人材が市と一緒に動いてくれることで、事業者さんや大学とのネットワーキングが進んだほか、地域外のスタートアップ企業も呼び込むことができました。勝間さんはどれだけ小さな相談でも受けてくださるので、地域事業者さんが気軽に相談に足を運んでくださっています。

 ――それが勝間さんの役回りなのですね。では、勝間さんの目から見た豊橋市における宇宙ビジネスの魅力とは?

勝間:豊橋市が位置する東三河エリアには海があり山があり農地も工場もある。たとえば衛星画像解析の実例として農地の利用状況や作付け状況を推定する、などの例が真っ先に出てきますが、農業の盛んな豊橋市は格好のモデルとなります。現場が近いので実証実験における「答え合わせ」が簡単にできるわけです。

 ――バラエティに富んだ“現場”や“現物”がすぐそこにあることが強みだと?

勝間:そうです。基礎知識があれば、誰でも「衛星データ活用でこんなことができるかも」というアイデア出しをすることができます。しかし、それをビジネスとして離陸させることができる例はごくわずかです。そして多くの企業内ベンチャーやスタートアップ企業が、ビジネスアイデアを社会実装するための試行錯誤の部分で壁にぶつかっているのだと思います。サービスとして提供できるだけのレベルに持っていけないがために、マーケットの入り口に到達できない。だが、豊橋市には仮説の構築と検証を繰り返せるようなリソースが豊富にあります。しかもすぐ手のとどくところにあるわけです。

 ――仮説を立て、データを解析し、行って見てすぐ検証できるのは助かりますね。

勝間:たとえば渥美半島に伸びる豊川用水沿いの畑では、冬の時期にはNDVI(正規化植生指標)が際立って高くなります。車で走ってみるとわかりますが、温暖な気候を生かしたキャベツ生産まっ盛りの時期です。耕作地から休耕田を抽出するとか、太陽光パネルの設置状況からエリアの発電量を推定するとかのアイデアを形にするために、機械学習用の教師データ構築が必要になる場合にも、非常に信頼度の高いデータセットが期待できる。実社会のニーズとのマッチングをはかるうえでも、宇宙ビジネスが注目されるよりも前から我々が行ってきた事業化支援の実績が生きてきます。そういった意味でも、壁を乗り越えるためのリソースが豊橋市には豊富にあると思います。

氏

勝間氏(名古屋工業大学卒。輸送機器エンジニア、自衛官、宇宙事業コンサルタントなどを経験し現職)

 ――具体的な支援の動きとしてはどのようなものがあるのですか?

勝間:豊橋市が実施する「衛星データ利活用促進支援事業」という枠組みで、衛星データを活用した新製品・サービス開発に取り組む事業者を対象にした補助金交付と、相談対応を行っています。相談のほうは昨年度ですと10以上の事業者により合計130件以上対応しました。衛星データを見て可能性を感じ、衛星データ利活用産業に飛び込んで来た事業者さんもいます。GIS(地理情報システム)の基礎やPython(プログラミング言語)の実習、衛星データの買い方などの初歩的な部分から、県や国の補助金制度の紹介やマーケットリサーチなどの支援、契約書のサポートなど、やることは限りなく多いです。

起業/新規事業マイルストーン

 ――スタートアップにとってはとても心強い味方ですね。

勝間:ゴールは社会実装ですが、もっと分かりやすくいえば「売れるプロダクトを作れるかどうか」ということで、成果も上がってきています。
豊橋市をフィールドに、前述の「衛星データ利活用促進支援事業」の枠組みで「衛星データを用いた農業IoTと既存観測所のデータ補間実証事業」を行ったサグリ株式会社は、2023年度の第6回宇宙開発利用大賞で内閣総理大臣賞を受賞されています。仮説検証の機会を提供した立場として、とても誇らしい成果です。
また株式会社てんもくの場合は、高齢化で担い手が少なくなっている林業の課題解決のため、「風倒木自動計測システムにおける位置基準局の実証実験」のテーマでの実証を行ったほか、株式会社マップクエストによるGIS活用で市街地の問題解決をめざす「駐車場の地活用促進サービス『楽駐(仮称)』で快適なまちづくり」や、シンフォニアテクノロジー株式会社による「みちびきを用いた果樹園でのロボット台車のピストン運転」などの実証事業に対して継続して支援を行っており、これらを新たな成果につなげたいと考えています。

 ――宇宙ビジネス、とくに衛星データ活用に関わるビジネスは「最初から全世界が潜在市場」と言われていますが、インキュベーションのフェーズでは土着的というか、特定地域と密接に関わりながらサービスの質を高めていく必要があり、ゆりかごとしての豊橋市は最適な場所であるということなんでしょうね。

勝間:そうですね。豊橋市で成長し、日本全国や世界に羽ばたいていってほしいです。

福井:豊橋市が東海地域の宇宙ビジネスの出発地となり得る場所だと知っていただき、多くの方々に目を向けていただけるよう取組を続けて行きたいと思っています。

インタビュアー: 科学技術ライター 喜多 充成

取材協力
豊橋市 産業部 地域イノベーション推進室 福井喬晴 株式会社サイエンス・クリエイト 
Startup Garage コミュニティマネージャー 勝間亮

  • TOP
  • SPECIAL
  • FRONT RUNNER
  • 「宇宙ビジネスとスタートアップのゆりかご」となるべく奮闘する愛知県豊橋市